基礎知識
- インダストリアルデザインの起源と産業革命
インダストリアルデザインは18世紀後半の産業革命とともに誕生し、大量生産技術の発展によって製品の形態や機能が劇的に変化した。 - モダニズムとバウハウスの影響
20世紀初頭のモダニズム運動とドイツのバウハウス学派は、機能美と合理性を重視するデザイン原則を確立し、現代デザインの基礎を築いた。 - デザインと消費社会の関係
20世紀半ば以降、広告・ブランディングの発展とともに、インダストリアルデザインは企業戦略の一環となり、消費文化の形成に大きな影響を与えた。 - テクノロジーとデザインの進化
コンピューターの発展とデジタル技術の進化により、CAD(コンピューター支援設計)や3Dプリンティングが普及し、デザインプロセスが劇的に変化した。 - 持続可能なデザインとエコデザインの潮流
21世紀に入り、環境問題への対応が求められる中、リサイクル素材の活用やエネルギー効率を考慮した「持続可能なデザイン」の重要性が高まっている。
第1章 インダストリアルデザインの誕生──産業革命とデザイン
機械がもたらした新たな時代
18世紀のイギリス、轟音を立てる蒸気機関が工場の歯車を回し始めた。産業革命である。ジェームズ・ワットの蒸気機関改良により、工場はかつてない規模で稼働し始め、大量生産が可能となった。これにより、手作業で作られていた家具や陶器、衣服までもが機械で生産されるようになり、安価で均質な製品が市場に溢れることとなる。しかし、便利になった一方で、従来の職人技が失われ、無機質な製品が増えていった。この時、人々は「美しいものを作ること」の意義について、改めて考え始めることとなる。
ウィリアム・モリスと美の回復運動
機械化による画一的なデザインに異を唱えたのがウィリアム・モリスである。19世紀半ば、彼は「アーツ・アンド・クラフツ運動」を起こし、職人による手仕事の美しさを取り戻そうとした。彼は「生活の中に芸術を」と訴え、手織りの布や緻密な木工品を生み出した。しかし、手作りの製品は高価であり、大量生産には適さなかった。そのため、モリスの理想は一部の富裕層のみに受け入れられ、一般市場には広がらなかった。しかし、彼の思想は後のデザイナーたちに大きな影響を与え、機械と芸術の融合という新たな道を切り開くきっかけとなる。
クリスタル・パレスが示した未来
1851年、ロンドンで開催された「万国博覧会」は、産業革命の成果を世界に示す場となった。その象徴が、ジョセフ・パクストンが設計した巨大なガラスと鉄の建造物「クリスタル・パレス」である。工業技術の粋を集めたこの展示場には、各国の最新の機械や工業製品が並び、多くの人々が未来の生活を夢見た。しかし、展示品の多くは機能性を重視しすぎ、デザイン面では未熟であった。芸術性と実用性のバランスが求められる時代に突入し、のちに「インダストリアルデザイン」という概念が生まれる契機となる。
美と機能が融合する時代へ
産業革命がもたらした大量生産の恩恵は計り知れない。しかし、均一化した製品は美的価値を失い、人々の間に「機能だけでなく美しさも必要だ」という声が生まれた。その声を受け、19世紀末から20世紀初頭にかけて、新たなデザインの潮流が生まれることとなる。ウィリアム・モリスの思想や、万国博覧会で示された工業技術の発展は、後のバウハウス運動やモダニズムの礎となる。インダストリアルデザインはこうして、「機械と芸術の調和」を求める時代の要請として誕生するのである。
第2章 モダニズムの台頭──バウハウスと合理的デザイン
「芸術と産業の橋を架ける」――バウハウスの誕生
1919年、第一次世界大戦の傷跡が残るドイツで、ヴァルター・グロピウスは新しい美術学校を設立した。その名は「バウハウス」。それは単なる芸術学校ではなく、芸術と産業を融合させ、機能的で美しいデザインを生み出す実験場であった。グロピウスは「芸術家と職人の間に壁を作るな」と宣言し、建築、家具、ポスター、さらにはタイポグラフィに至るまで、あらゆるデザインを統合することを目指した。この理念は伝統的な装飾重視のデザインに対する革命であり、世界のデザインのあり方を根本から変えることになる。
「形態は機能に従う」――モダニズムの哲学
バウハウスの思想を象徴するのが「形態は機能に従う(Form follows function)」という原則である。これは19世紀末の建築家ルイス・サリヴァンが提唱した概念だが、バウハウスはそれを家具やプロダクトデザインにも適用した。装飾を廃し、実用性を最優先することで、無駄のない美しさを生み出したのである。マルセル・ブロイヤーの《ワシリーチェア》や、ミース・ファン・デル・ローエの《バルセロナチェア》はその代表例であり、曲げられたスチールパイプと革のシートが生み出すシンプルなデザインは、今なお現代の家具デザインに影響を与えている。
「機械の時代のデザイン」――工業製品との融合
バウハウスのもう一つの革新は、工業製品に対する積極的なアプローチである。それまで芸術は職人的な手仕事と結びついていたが、バウハウスはデザインを工業生産のプロセスと統合することを試みた。ラースロー・モホイ=ナジは新しい材料や機械技術を積極的に取り入れ、アルミニウムやガラスを用いた革新的なデザインを生み出した。ヨゼフ・アルバースは幾何学的な形を追求し、モダンなインテリアデザインの基礎を築いた。これらの試みは、今日のミニマルデザインや量産家具に直接つながっている。
「政治に翻弄された理想」――バウハウスの終焉とその遺産
バウハウスの理念はデザイン界を変革したが、時代の波には逆らえなかった。1933年、ナチス政権が「退廃的」として学校を閉鎖し、多くのバウハウスのデザイナーは国外へ亡命を余儀なくされた。しかし、彼らの理念は世界各地で受け継がれた。ミース・ファン・デル・ローエはアメリカへ渡り、シカゴのイリノイ工科大学でモダニズム建築を発展させた。バウハウスの遺産はミッドセンチュリー・モダンのデザインへとつながり、現代のプロダクトデザインの礎を築いたのである。
第3章 20世紀の大量生産とデザインの標準化
フォードの革命──ベルトコンベアが変えた世界
1908年、ヘンリー・フォードは《T型フォード》を発表し、自動車の概念を一変させた。当時、自動車は富裕層の贅沢品だったが、フォードは大量生産技術を導入し、価格を劇的に下げた。そのカギとなったのが「ベルトコンベア方式」である。作業員が固定位置で一つの工程に集中することで、生産速度が飛躍的に向上したのだ。この方式は他の産業にも波及し、冷蔵庫やラジオ、家具など、あらゆる製品が大量生産される時代が到来する。しかし、同時にデザインの均質化も進み、製品に個性が失われつつあった。
アール・デコとストリームライン──機械美への憧れ
1920年代、技術の進歩によって、デザインの美しさも変化を遂げた。アール・デコは、幾何学的なパターンや金属の輝きを強調し、未来的な印象を与えるデザインとして流行した。1930年代には、流線型を取り入れた「ストリームライン・デザイン」が登場する。鉄道や自動車、家電製品までもが空気抵抗を減らすような滑らかな形状に変わっていった。レイモンド・ローウィはこの時代を代表するデザイナーであり、《コカ・コーラ》の自動販売機や《グレイハウンドバス》のデザインを手掛けた。彼の哲学「口紅効果(MAYA)」は、大衆に受け入れられるデザインの秘密を示している。
プロダクトデザイナーの誕生──デザインの職業化
大量生産が進むにつれ、「デザインの専門家」が求められるようになった。これがプロダクトデザイナーという職業の誕生である。エーロ・サーリネンは曲線美を活かした《チューリップチェア》をデザインし、チャールズ&レイ・イームズは成形合板の技術を用いたモダン家具を生み出した。彼らは単なる美しさだけでなく、座り心地や生産効率を考慮しながらデザインを行った。これにより、家具や家電などの製品は機能的で美しく、しかも低コストで作られるようになり、デザインは人々の暮らしの一部として浸透していった。
大量生産の光と影──消費社会の誕生
1950年代、アメリカを中心に消費社会が本格化する。電化製品や自動車は一般家庭に普及し、広告やマーケティングがデザインの重要な要素となった。しかし、大量生産は環境破壊や資源の浪費を引き起こし、規格化された製品に対する批判も生まれた。イタリアのオリベッティ社は、美しく洗練されたタイプライターを生み出し、機能性とデザインの調和を追求した。こうした流れは、やがて1960年代のデザイン改革へとつながっていく。大量生産の恩恵を享受しながらも、デザインの意味が再び問われる時代が訪れるのである。
第4章 消費文化とデザインの融合
デザインが売れる時代の到来
1950年代、アメリカは戦後の経済成長に沸き、人々は自動車、電化製品、ファッションなど、あらゆる消費財を手に入れるようになった。この時代、デザインは単なる機能性の追求ではなく、「売れるデザイン」へと変化する。広告の世界でも、レオ・バーネットやデイヴィッド・オグルヴィといった広告業界の巨匠たちが、視覚的に魅力的なデザインとマーケティングを融合させた。例えば《コカ・コーラ》のボトルは、その独特の形状でブランドのアイコンとなった。デザインは企業戦略の要となり、消費者の心をつかむ重要な要素として急速に発展していく。
ミッドセンチュリーデザイン──シンプルで美しい暮らし
1950〜60年代には、シンプルで洗練された「ミッドセンチュリーデザイン」が誕生する。チャールズ&レイ・イームズは、成形合板と金属を組み合わせた《イームズチェア》を生み出し、機能性と美しさを両立させた。デンマークのアルネ・ヤコブセンが設計した《エッグチェア》も、流れるようなフォルムで人々を魅了した。こうしたデザインは、ただの家具ではなく、ライフスタイルそのものを提案するものだった。アメリカやヨーロッパの家庭では、機能的かつおしゃれな家具が一般的になり、デザインが日常生活に溶け込んでいった。
ポップカルチャーとデザインの融合
1960年代、ポップアートの台頭とともに、デザインの世界も大きく変わった。アンディ・ウォーホルは《キャンベル・スープ缶》を題材にし、大衆文化が芸術になることを証明した。グラフィックデザインでは、ミルトン・グレイザーの《I ♥ NY》ロゴが誕生し、視覚的アイデンティティの重要性が高まった。また、カラフルで大胆なデザインがファッションや広告、雑誌の表紙を飾るようになった。消費社会の拡大とともに、デザインは文化の象徴となり、広告やブランド戦略と密接に結びついていった。
ブランドアイデンティティとデザインの力
1970年代以降、企業はデザインを活用し、ブランドの独自性を確立するようになる。ディーター・ラムスが率いたブラウン社の家電製品は、「少ないデザインこそ美しい」という理念のもと、無駄を削ぎ落としたスタイルを確立した。アップルの初代Macintoshは、シンプルなデザインと直感的な操作性で一世を風靡した。ロゴやパッケージデザインも進化し、ナイキの《スウッシュ》マークやマクドナルドの《ゴールデンアーチ》は世界的に認知されるブランドシンボルとなった。デザインは単なる装飾ではなく、企業の成功を左右する戦略的要素へと昇華したのである。
第5章 ポストモダンとデザインの多様化
モダニズムへの反発──装飾の復権
1970年代、モダニズムの「機能美」だけを重視するデザインに対する反発が強まり、装飾や個性を重視するポストモダンの潮流が生まれた。建築家ロバート・ヴェンチューリは「Less is a bore(少ないことは退屈だ)」と述べ、シンプルすぎるデザインを批判した。ミラノではエットレ・ソットサスがメンフィス・グループを結成し、カラフルで遊び心あふれる家具を発表する。幾何学的な形、奇抜な色彩、非対称なデザインが特徴であり、まるでアート作品のような製品が誕生した。ポストモダンは「楽しいデザイン」を追求する運動へと発展していった。
メンフィスグループ──デザインの革命児たち
1981年、イタリア・ミラノで開かれた家具見本市で、メンフィス・グループの作品が発表される。彼らのデザインは、当時の常識を完全に覆すものだった。例えば、代表作《カールトン・ブックシェルフ》は、派手な原色とジグザグのラインを組み合わせた、本棚とは思えないデザインだった。この運動の中心人物エットレ・ソットサスは、「デザインはもっと自由でいい」と語った。従来の家具は機能を最優先していたが、メンフィスの作品は視覚的な楽しさを重視し、「日常の中のアート」としての役割を果たすようになった。
建築・グラフィック・ファッションへの影響
ポストモダンの思想は、建築やグラフィックデザイン、ファッションにも波及した。建築ではフランク・ゲーリーが奇抜な形の建物を設計し、ロサンゼルスの《ゲーリー邸》や《グッゲンハイム美術館・ビルバオ》などが誕生した。グラフィックデザインでは、ネヴィル・ブロディがポストモダンの要素を取り入れた実験的なタイポグラフィを発表した。ファッションでは、ヴィヴィアン・ウエストウッドが歴史的要素とアヴァンギャルドなデザインを融合し、反骨精神に満ちたコレクションを展開した。ポストモダンは、多様な文化の融合を生み出したのである。
ポストモダンの終焉とその遺産
1990年代に入ると、ポストモダンの派手なデザインに対する反動が起こり、よりシンプルで機能的なデザインへと回帰する動きが出てきた。アップルのジョナサン・アイブが手がけた《iMac G3》は、ポストモダンの影響を受けつつも、洗練されたシンプルな美しさを持っていた。現在では、ポストモダンの要素は家具やファッション、広告デザインに部分的に受け継がれている。奇抜で大胆なデザインは一時代を築いたが、それが生み出した「自由な発想」は、現代のデザインにも大きな影響を与えているのである。
第6章 テクノロジーとデザインの革新
デジタル革命──デザインの新たな道具
1980年代、コンピューターが急速に発展し、デザインの世界にも変革をもたらした。従来は手描きや模型で行われていたデザイン作業が、コンピューターを用いたデジタル設計に移行し始める。特にCAD(コンピューター支援設計)の登場は画期的であった。建築家フランク・ゲーリーは、航空機設計用ソフト《CATIA》を建築デザインに応用し、複雑な曲線を持つ《グッゲンハイム美術館(ビルバオ)》を実現した。また、グラフィックデザインではアドビの《Illustrator》や《Photoshop》が誕生し、デジタルツールを活用した新しい表現が次々と生み出されることとなった。
3Dプリンティング──デザインの民主化
21世紀に入り、3Dプリンティング技術が登場し、デザインの可能性がさらに広がった。従来、大量生産が前提だったインダストリアルデザインの世界に、個人が自由にプロトタイプを作れる環境が生まれたのである。オランダのデザイナー、ヨリス・ラーマンは3Dプリンティングを活用し、複雑で有機的な形状の家具を制作した。さらに、医療分野でも義肢やインプラントのカスタムメイドが可能となり、テクノロジーとデザインの融合が社会に大きな影響を与えている。これにより、誰もがデザイナーになれる時代が到来したのである。
UXデザイン──人間中心の設計哲学
テクノロジーの発展とともに、デザインの目的も変化した。単に美しいものを作るのではなく、「使いやすさ」を追求するUX(ユーザーエクスペリエンス)デザインが重要視されるようになった。アップルのスティーブ・ジョブズは「デザインとは見た目ではなく、どのように機能するかだ」と語り、《iPhone》をはじめとする直感的なインターフェースを生み出した。今日、ウェブサイトやアプリのデザインでは、ユーザーの行動を分析し、ストレスなく操作できる設計が求められる。デザインは単なる装飾ではなく、人間の体験そのものを形作る手段となったのである。
スマートデバイスと未来のデザイン
現在、インダストリアルデザインはAIやIoT(モノのインターネット)と融合し、新たな進化を遂げている。《スマートスピーカー》はユーザーの音声を認識し、家電を操作する役割を担う。テスラの《自動運転車》はデザインとテクノロジーを統合し、新しい移動体験を提供する。未来のデザインは、物理的な形だけでなく、データと連携しながら進化していく。これからのデザイナーは、単に形を考えるだけでなく、人間の行動や社会全体を見据えた設計が求められるのである。
第7章 持続可能なデザインの潮流
デザインと環境問題──変革の時
20世紀後半、産業の発展とともに大量生産・大量消費が進み、環境破壊が深刻化した。プラスチックごみの増加、森林伐採、気候変動などの問題が浮上し、デザインの在り方も問われるようになった。1970年代のオイルショックをきっかけに、省エネルギー設計やリサイクル素材を活用する動きが広がる。1987年に国連が発表した「持続可能な開発」の概念は、デザインにも影響を与えた。デザイナーは「美しさ」だけでなく「地球に優しい」デザインを求められる時代へと突入したのである。
リサイクル素材と循環型デザイン
持続可能なデザインの先駆けとして、リサイクル素材を活用したプロダクトが登場した。例えば、イタリアのブランド「カルテル」は再生プラスチックを用いた家具を開発し、美しさと環境負荷の低減を両立した。デンマークの「Muuto」は、木材やフェルトの端材を利用し、洗練されたデザインを生み出している。また、循環型デザインの考え方も普及し、使用後に分解・再利用できる製品が増えた。オランダの企業「Fairphone」は、モジュール式スマートフォンを開発し、長く使えるデバイスを実現したのである。
カーボンニュートラルとエネルギー効率
地球温暖化が進む中、カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる)の概念がデザインにも浸透した。建築では、ノーマン・フォスターが手がけた《ザ・クリスタル》がエネルギー効率の高い建物として注目を集めた。家電製品でも、省電力設計が進み、ダイソンの掃除機やテスラの電気自動車は、エネルギー効率を最大限に高めたデザインの代表例である。サステナブルデザインは、環境負荷を減らしながら、未来の暮らしをより快適にする役割を担っている。
持続可能なデザインの未来
サステナブルデザインの考え方は、今後さらに広がると予測される。バイオデザインの分野では、キノコの菌糸体を用いた生分解性パッケージや、藻類を活用した繊維製品の研究が進んでいる。また、シェアリングエコノミーの拡大により、所有するのではなく、必要なときに使うという考え方が主流になる可能性もある。デザインは単なる「ものづくり」ではなく、社会や環境と深く結びついた存在となり、新しい時代のライフスタイルを創造する重要な役割を果たすのである。
第8章 グローバル化と地域デザインの融合
ローカルデザインの独自性
デザインは国や地域ごとの文化や価値観を反映する。例えば、日本の工業デザインは、禅の思想を背景にしたシンプルで機能的な美しさを持つ。柳宗理がデザインした《バタフライ・スツール》は、無駄を削ぎ落としたフォルムと伝統技術の融合を体現している。一方、北欧デザインは、寒冷な気候に適した温かみのある素材とミニマリズムが特徴だ。アルヴァ・アアルトの家具は、自然と調和したデザインで世界的に評価されている。地域ごとの独自性は、デザインに深みと魅力を与える要素となる。
グローバル化がもたらした変化
20世紀後半から、グローバル化によりデザインのスタイルが国境を越えて融合し始めた。例えば、アップルのプロダクトデザインには、日本のソニーが築いたシンプルで機能的な美学の影響が色濃く見られる。また、ミニマリズムは西欧だけでなくアジアや南米のデザインにも広がり、世界的な潮流となった。しかし、グローバル化は一方で地域ごとの特色を薄める懸念も生じさせた。そのため、各国のデザイナーは伝統を守りながらも、現代の技術と融合させる工夫を行っている。
新興国のデザイン革命
21世紀に入り、新興国のデザインが注目を集めている。中国は、かつての「模倣大国」から脱却し、独自のデザインブランドを生み出しつつある。例えば、家電メーカーのXiaomiはシンプルかつ洗練されたプロダクトデザインで世界市場を席巻している。また、アフリカでは地元の素材や伝統工芸を活かしたデザインが増えている。ナイジェリアのファッションブランド「Orange Culture」は、民族衣装の要素を取り入れたモダンなデザインを展開し、国際的な評価を得ている。新興国のデザインは、世界のデザインシーンに新たな可能性をもたらしている。
ローカルとグローバルの融合が生む未来
今後のデザインは、ローカルな文化とグローバルな視点が融合する方向に進むと考えられる。例えば、建築分野では、隈研吾が伝統的な木造技術を用いながら、現代建築に適応させた作品を多く手がけている。また、ファッション業界では、各国の伝統的な織物や染色技術を活かしたブランドが世界市場で成功を収めている。グローバル化の中で、ローカルの価値を守りながら、新たなデザインを生み出すことが、未来の課題であり可能性となるのである。
第9章 未来のインダストリアルデザイン──AIと自動化の時代
AIがデザインする未来
デザインの世界にAI(人工知能)が参入し、新たなクリエイションの時代が到来した。ジェネレーティブデザインと呼ばれるAI技術は、与えられた条件のもとで最適な形状を自動生成する。たとえば、アメリカのソフトウェア企業オートデスクは、AIを用いた軽量で強度の高い航空機部品を開発した。これにより、従来のデザイナーが考えつかなかった形が生まれる可能性が広がる。AIは人間の補助ツールとして機能し、デザイナーは創造性を最大限に発揮できる時代へと突入している。
自動化が変えるプロダクトデザイン
製造業の自動化もデザインのあり方を大きく変えている。ロボットが工場で生産を担うだけでなく、デザインそのものを調整する役割を果たすようになった。ドイツの家電メーカーMieleは、ユーザーの使用データを分析し、AIが最適なデザインの改良を提案するシステムを導入している。また、カスタマイズ可能な製品も増えており、ナイキの《Nike By You》では、顧客が自分だけのスニーカーをデザインできる。自動化とデザインの融合が、個々のニーズに応じたプロダクトの時代を切り開いている。
パーソナライズとUXの進化
AIと自動化の発展は、UX(ユーザーエクスペリエンス)デザインにも大きな影響を与えている。たとえば、Googleの《Material You》は、ユーザーの好みに応じてデザインが変化する新しいインターフェースである。また、AmazonのAIスピーカー《Echo》は、ユーザーの生活習慣を学習し、個々に最適な提案を行う。デザインはもはや固定された形ではなく、ユーザーとともに進化し、適応していくものへと変化している。未来のデザインは、ユーザーごとに異なる体験を生み出す柔軟なものになるだろう。
ヒューマンセンタードデザインの未来
テクノロジーが発展する中で、デザインの本質はますます「人間中心」に移行している。アップルのデザイナー、ジョナサン・アイブは「デザインは技術を人間にとって自然なものにする役割を担う」と語った。これからのデザインは、単に新しい技術を追い求めるのではなく、人間の感覚や感情に寄り添うものでなければならない。たとえば、ウェアラブルデバイスは、健康管理やコミュニケーションをより自然にする役割を担っている。未来のインダストリアルデザインは、人間とテクノロジーが共存する世界を形作る鍵となるのである。
第10章 インダストリアルデザインの哲学と未来
デザインは社会を変えられるか
デザインは単なる装飾ではなく、人々の生活や社会を形作る力を持つ。ヴィクター・パパネックは著書『生きのびるためのデザイン』で、デザインが社会のために役立つべきだと主張した。彼の考えは、貧困地域向けの低コストなプロダクトや、障害者向けのインクルーシブデザインへと発展していった。たとえば、インドの「Jaipur Foot」は、低コストで義足を提供し、多くの人々の生活を向上させた。デザインの役割は、見た目の美しさだけでなく、人々の未来をより良いものにすることへと広がっている。
デザイン倫理──責任ある創造
21世紀のデザイナーは、美しさや機能性だけでなく、倫理的な責任を問われるようになった。環境破壊や労働搾取に加担しないデザインが求められている。たとえば、ステラ・マッカートニーは動物を犠牲にしないファッションブランドを展開し、サステナブルな素材を積極的に使用している。また、テクノロジー企業では、デジタルプロダクトの「中毒性」を避けるため、ユーザーの健康を考慮した設計が進められている。倫理的なデザインとは、単に「良いもの」を作るのではなく、社会全体にポジティブな影響を与えることを意味する。
持続可能な未来のためのデザイン
地球環境の保全が急務となる中、デザインは持続可能な未来を築く鍵となる。建築家ビャルケ・インゲルスは、自然と都市を融合させた設計を提唱し、コペンハーゲンの《CopenHill》では発電所を公園としても活用できるようデザインした。また、循環型経済の概念が普及し、耐久性の高い製品や修理可能なプロダクトが重視されるようになった。デザインは消費の加速ではなく、資源を守り、次世代のための新しい価値を創造する役割を担っている。
デザインの未来──感性とテクノロジーの融合
未来のデザインは、人工知能(AI)、バイオテクノロジー、データサイエンスなどの技術と融合しながら進化する。しかし、最も重要なのは「人間らしさ」を失わないことである。例えば、日本のデザインスタジオnendoは、テクノロジーを活用しながらも温かみのあるプロダクトを生み出している。これからのデザイナーは、最新技術を駆使しながらも、人間の感情や文化、価値観を大切にすることが求められる。デザインの未来は、テクノロジーと感性のバランスにかかっているのである。