基礎知識
- 本尊とは何か
本尊とは仏教や他の宗教における信仰の対象となる中心的な象徴であり、彫像や絵画、自然のものが含まれる場合がある。 - 本尊の役割
本尊は信仰者と神仏を結びつける媒介として機能し、祈りや瞑想の焦点として重要である。 - 地域ごとの本尊の違い
本尊は宗教的背景や地域の文化によって形態や象徴性が異なり、日本、中国、インドなどで特有の発展を遂げた。 - 本尊と歴史的背景
本尊の形や使用方法は宗教改革、戦争、技術革新などの歴史的な変化に影響を受けてきた。 - 本尊の現代的意義
本尊は現代社会でも文化財や精神的支柱として機能し続け、宗教的枠組みを越えた普遍的な価値を持つ。
第1章 本尊とは何か―信仰の象徴としての役割
信仰の中心を形にする―本尊の本質とは
本尊とは、仏教や他の宗教における信仰の象徴としての存在である。これは単なる彫像や絵画に留まらず、祈りの場において信仰者の精神を高め、集中させる役割を果たす。仏教の初期においては、釈迦の教えそのものが信仰の中心だったが、やがて信仰者たちは目に見える形での象徴を求めた。その結果生まれたのが仏像や曼荼羅である。たとえば、有名な釈迦像や阿弥陀如来像は、信仰の対象としてだけでなく、文化的・芸術的価値も持つ。本尊は単なる物体ではなく、信仰者の心と神仏を結びつける媒介として存在している。
本尊の姿をつくる多様な文化
本尊の姿は、地域や時代によって大きく異なる。インドでは、釈迦の特徴を強調した簡潔な像が主流であったが、中国に渡ると壮大な装飾や異国の文化が取り入れられた。日本では、平安時代の浄土教の広がりとともに、阿弥陀如来像が多く作られ、鎌倉時代には写実的な仏像が登場した。こうした変化は、各地の人々が信仰と自身の文化を融合させた結果である。たとえば、東大寺の大仏は、日本独特の精神性と建築技術が凝縮された象徴的な存在である。本尊が地域文化にどのように溶け込み、またその形を変えていったのかを知ることは、人類の多様性への理解を深める鍵となる。
信仰者の心を結ぶ存在としての本尊
本尊は、信仰者にとって単なる装飾ではなく、深い精神的つながりをもたらす存在である。お遍路の巡礼者が弘法大師を象徴する像に祈りを捧げるように、本尊はその場に神聖な空気をもたらす。祈りや瞑想の場では、本尊を通して信仰者が自らの願いを具現化する。このプロセスは、心理的にも宗教的にも大きな意味を持つ。本尊を見つめることで得られる静寂や感動は、信仰者に安心感や集中力を与える。心を集中させるための象徴的な存在としての役割は、現代においても変わらない。
現代に息づく本尊の力
現代社会においても、本尊は宗教的枠組みを超えた意義を持つ。京都の金閣寺や奈良の薬師寺に見られる本尊は、観光客にとっては歴史と美術を楽しむ対象であり、信仰者にとっては変わらない祈りの焦点である。また、海外でも日本の本尊は大きな関心を集め、国際的な交流の架け橋として機能している。たとえば、大英博物館で展示される仏像は、世界中の人々に本尊が持つ精神的な普遍性を感じさせている。本尊は、過去と現在を結びつけるだけでなく、未来の多文化共生の象徴としても輝き続ける。
第2章 本尊の起源―インドから始まる旅
仏陀の教えと象徴のはじまり
仏教は紀元前5世紀頃、インドで釈迦(ゴータマ・シッダールタ)によって創始された。当初、仏陀はその教えを説くことで信仰の中心となり、弟子たちはその言葉を大切にした。しかし、仏陀が入滅した後、人々は教えを具現化する象徴を求めるようになる。最初の本尊は仏陀そのものではなく、法輪や菩提樹のような象徴であった。これらは、釈迦の教えを思い出すためのシンボルとして使われた。物理的な形がない時代の仏教では、信仰の焦点をどのように持つかという問題が、後の仏像文化へとつながる重要なステップとなった。
仏像誕生のドラマ
仏像が作られるようになったのは、釈迦入滅から数百年後、紀元前1世紀頃のことである。その背景には、アレクサンドロス大王の東方遠征がもたらしたギリシャ文化の影響がある。ガンダーラ地方で生まれた仏像は、ギリシャ彫刻の美しい比例やリアルな表現技術を取り入れている。その代表例がガンダーラ仏像であり、仏陀の威厳ある姿と穏やかな微笑みが特徴的である。この時代、仏像はただの芸術品ではなく、信仰の対象としての重要な役割を持つ存在へと進化していった。こうして目に見える形で仏陀を感じられる文化が根付いたのである。
インドの大乗仏教と新しい本尊
仏教が広がる中で、大乗仏教が誕生し、本尊の役割も進化した。大乗仏教は「すべての人々を救済する」という考えを重視し、新たな本尊として菩薩が加わった。たとえば、観音菩薩は慈悲を象徴し、信仰者に寄り添う存在として崇められた。また、阿弥陀仏は浄土への道を示す象徴となり、大衆的な信仰の中心となった。こうした変化により、本尊は単なる仏陀の象徴から、多様な救済の象徴へとその役割を広げた。これにより、仏教はより多くの人々に受け入れられる信仰となっていった。
仏教遺跡に息づく初期の本尊
インド各地に残る仏教遺跡には、本尊の発展の軌跡が刻まれている。たとえば、サーンチーのストゥーパには、仏陀を象徴する法輪や蓮華が描かれている。このような初期のシンボルは、仏陀を直接描くことを避けつつも、その存在を感じさせる巧妙な方法である。また、アジャンター石窟には初期仏教美術の傑作があり、仏陀の物語や菩薩像が鮮やかに描かれている。これらの遺跡は、信仰の深まりとともに本尊がどのように進化してきたかを物語っている。仏教の起源を辿ることで、本尊の重要性をさらに理解することができる。
第3章 アジアをめぐる本尊の変遷
中国の仏像芸術が開花する
仏教が中国に伝わったのは紀元1世紀頃のことであり、文化と信仰が交わることで新たな本尊の形が生まれた。初期にはインドから持ち込まれた仏像がそのまま使用されたが、やがて中国独自の様式が確立された。特に隋や唐の時代には、龍門石窟や雲崗石窟などの巨大な仏像群が彫られ、信仰と美術の融合を示す代表作となった。これらの本尊は、信仰だけでなく、国家の威厳を象徴する役割も果たした。優雅な顔立ちと繊細な彫刻が特徴的な唐の仏像は、中国文化の洗練された技術と仏教の精神を見事に表現している。
朝鮮半島の本尊に宿る独自性
仏教が朝鮮半島に伝わると、その地の文化と結びついて独特の本尊が生まれた。特に三国時代(高句麗、新羅、百済)には、それぞれの王国が仏教を国家的な宗教として受け入れ、本尊制作が盛んになった。新羅の金銅仏や百済の木造仏は、繊細で温かみのある表現が特徴であり、人々に親しまれた。朝鮮半島の本尊は、隣接する中国と日本の影響を受けつつも、平和を象徴する柔らかな線や独自の信仰心が反映されている。その後の高麗時代には、大規模な仏教経典の印刷とともに、仏教芸術がさらに発展した。
日本の地で咲く本尊文化
仏教が日本に伝わると、本尊はその地の宗教や文化と結びつき、特有の発展を遂げた。飛鳥時代には、法隆寺の釈迦三尊像など、飛鳥文化を象徴する仏像が制作された。奈良時代には、東大寺の大仏(盧舎那仏)が建立され、国全体の安定と繁栄を祈る象徴として重要な位置を占めた。さらに平安時代には、浄土信仰が広がり、阿弥陀仏を本尊とする浄土堂が多く作られた。日本の本尊はその時代ごとに新たな信仰の形を反映し、現代まで多くの人々に愛され続けている。
本尊の変遷が示す文化の交差点
アジアを巡る本尊の歴史は、文化交流と適応の連続である。仏教が伝播するたびに、それぞれの地域で新しい様式が生まれ、そこにはその地の文化や価値観が反映された。インド、中国、朝鮮半島、日本という流れの中で、本尊は単なる信仰の象徴に留まらず、文化的な交差点としての役割も果たしてきた。これにより本尊は、宗教的な意義を超えて、アジア全体の歴史や文化の理解を深める手がかりとなっている。本尊の多様性は、信仰がどのように形を変えつつも核心を保ってきたかを教えてくれる。
第4章 中世日本の本尊―多様性と芸術性
鎌倉仏師たちが創り上げた写実の世界
鎌倉時代に入ると、日本の仏像彫刻は大きな変化を迎えた。この時期には運慶や快慶といった仏師たちが活躍し、力強く写実的な仏像が生み出された。たとえば、東大寺南大門の金剛力士像は、筋肉の躍動感や鋭い眼差しが特徴で、圧倒的な存在感を放っている。これらの作品は、ただの美術品ではなく、信仰の対象として多くの人々の祈りを集めた。鎌倉時代の本尊は、厳しい時代を生きる人々に希望と力を与える象徴であった。この時代の仏像には、仏師たちの技術だけでなく、信仰の深さや社会の状況が如実に反映されている。
平安時代の浄土信仰と阿弥陀如来像
平安時代は浄土教が広まり、阿弥陀如来を本尊とする信仰が特に盛んになった時代である。この信仰は、極楽浄土での救済を目指す人々にとって大きな慰めとなった。京都の平等院鳳凰堂にある阿弥陀如来像は、その代表的な作品であり、金箔に覆われた優雅な姿が特徴である。この像を前にして極楽浄土を思い描くことで、多くの人々が希望を感じた。平安時代の本尊は、平和な時代の精神性を反映し、繊細で美しい表現が多い。この時代の仏像は、現代でもその美しさと信仰心を伝える貴重な遺産である。
武士と本尊の関係性
中世の日本では武士が台頭し、仏教と本尊のあり方にも変化が現れた。武士たちは個人の武運や戦勝を祈るため、本尊に特別な役割を求めた。源頼朝が信仰した鶴岡八幡宮の八幡大菩薩や、武田信玄が崇拝した毘沙門天は、その象徴である。これらの本尊は、戦乱の時代における精神的支えとなった。また、禅宗が広がる中で、禅寺に置かれる本尊はシンプルながらも内面的な力を重視したものであった。中世の本尊は、信仰者の生活や価値観を深く反映した、時代の鏡のような存在である。
地域ごとの特色が輝く本尊文化
中世の本尊は、地域ごとに特色が異なっていた。たとえば、東北地方では地元の素材を活用した木彫りの本尊が多く、素朴で温かみのある表現が特徴である。一方、京都や奈良では、洗練された技術を持つ仏師たちが精巧な本尊を制作し、都会的な感性を反映した作品が多い。こうした地域性は、信仰と文化が密接に結びついていることを示している。中世の本尊を見れば、その地の人々の生活や価値観、さらには歴史の流れまでを感じ取ることができる。それぞれの地域が育んだ独自の本尊は、日本の文化的多様性を象徴する宝物である。
第5章 本尊と宗教改革
一向一揆と信仰の象徴
室町時代から戦国時代にかけて、一向宗(浄土真宗)は多くの人々の心をつかみ、農民や武士による一向一揆が各地で発生した。この動きの中心には阿弥陀如来を本尊とする信仰があった。一向一揆の結束力は、阿弥陀仏への強い信仰と「南無阿弥陀仏」の念仏によって生まれた。この本尊は、単なる仏像ではなく、信仰者たちにとって命を懸けるほどの存在だった。一向一揆は、宗教的な熱意が社会変革の動きに結びつく例として歴史に刻まれている。この時代、本尊は個々の信仰者の心を支えると同時に、共同体の象徴として重要な役割を果たしていた。
浄土真宗の変革と親鸞の革新
浄土真宗を開いた親鸞は、阿弥陀如来を中心とする信仰を広める中で、宗教的な革新を行った。彼は出家主義を否定し、在家信者が家庭や日常生活の中で本尊を崇拝する新しいスタイルを提唱した。この思想に基づき、親鸞の教えは広く庶民に受け入れられた。阿弥陀仏の本尊は、寺院だけでなく家庭の仏壇にも置かれるようになり、日常的な祈りの対象となった。この変革によって、本尊はより身近な存在となり、多くの人々にとって精神的な救いと希望を象徴するものとなった。
本尊をめぐる信仰の統制
戦国時代、日本国内の混乱を抑えるため、織田信長は本願寺との対立を深めた。本願寺の阿弥陀如来を本尊とする一向宗の影響力が強すぎると感じた信長は、石山合戦を起こし、その力を抑えようとした。この戦いは、本尊が持つ政治的影響力と信仰の結びつきを象徴するものであった。一方、信長が比叡山延暦寺を焼き討ちしたことも、仏教勢力の影響力を削ぐための策だった。この時代の動乱は、本尊が単なる信仰の象徴を超え、政治的な力をも持つ存在であったことを如実に示している。
本尊の再定義と新たな時代の幕開け
宗教改革が進む中で、本尊の役割や意味が大きく変わった。本願寺が大阪城に近い地へ移転した後、阿弥陀如来の本尊はますます大衆的な存在となり、信仰者たちの心の中心として重要な地位を保った。この時代の本尊は、戦乱や社会の混乱を経て再定義され、政治的・文化的にも新しい時代の象徴となった。また、本尊が地域を越えて共有されることで、信仰が広がり続けた。本尊を中心にした新たな信仰の時代は、後の江戸時代の安定と文化的発展にも大きな影響を与える基盤となった。
第6章 本尊と社会―信仰を超えた影響
本尊が織りなす文化の土台
本尊は、宗教的な象徴としてだけでなく、日本文化全体に多大な影響を与えた。たとえば、東大寺の大仏建立は、その巨大さと技術により、工芸や建築の発展を促した。また、法隆寺や中尊寺金色堂のような本尊を中心とした建築物は、周囲の景観や生活文化にも影響を与えた。本尊が存在することで、その地に集まる人々が新しい市場や交流の場を生み、地域全体の発展に寄与した。本尊は信仰の枠を越え、文化や社会構造の重要な一部となり、時にはその中心として日本の歴史を形作った。
政治と本尊の交差点
日本の歴史において、本尊はしばしば政治的な役割も果たした。たとえば、豊臣秀吉が京都の方広寺に建立した大仏は、単なる信仰の対象を超え、権力を誇示する象徴でもあった。また、江戸幕府が寺社を保護し、本尊を通じた地域統制を行ったことも知られている。こうした本尊の利用は、権力者が民衆の信仰を利用して政治的安定を図る手段の一つであった。本尊が持つ精神的な力は、時に権力の象徴として機能し、歴史の中で重要な役割を果たしたのである。
本尊を中心とした地域社会の形成
本尊を安置する寺院は、地域社会の中心的な役割を果たしてきた。寺院が提供する教育や福祉の場は、本尊を中心とした共同体を支えた。また、本尊への参拝を目的とした祭りや行事は、地域の団結を促進し、文化的なアイデンティティを形成した。たとえば、奈良の東大寺二月堂で行われる「お水取り」は、本尊を巡る行事として有名で、地域住民と観光客を引き寄せる。本尊は単なる信仰の象徴ではなく、人々の生活の中で社会的な結びつきを作り出す核となっている。
本尊の精神的影響が現代に続く
現代社会においても、本尊は多くの人々に精神的な影響を与えている。祈りや瞑想の対象としてだけでなく、本尊は文化遺産として観光客を引き寄せ、国際交流の一助となっている。京都の清水寺の本尊である千手観音は、世界中から訪れる人々に感動を与える象徴的存在である。また、本尊を通じて、環境保護や平和活動が行われる例も増えている。本尊は単なる歴史的遺産を超え、現代社会の課題に応える新しい価値を持ち続けている。
第7章 戦争と本尊―破壊と保存の歴史
本尊が戦火に巻き込まれる瞬間
歴史の中で、多くの本尊が戦争によって破壊された。たとえば、16世紀の戦国時代、織田信長による比叡山延暦寺の焼き討ちは、仏教文化への大打撃であった。この事件では多くの本尊が焼失し、延暦寺は壊滅的な被害を受けた。さらに、近代における太平洋戦争では、爆撃によって多くの寺院とその本尊が失われた。本尊が破壊されるということは、単なる物質的な損失にとどまらず、地域の歴史と文化、そして人々の信仰心に深い影響を及ぼした。このような時代、本尊は守るべき文化財としての価値を再認識されることとなった。
文化財としての本尊の保護運動
戦乱による本尊の損失が相次ぐ中、文化財としての価値を守るための活動が進められた。明治時代の廃仏毀釈では、多くの仏像が売却や破壊の対象となったが、一部の学者や僧侶がこれに抵抗し、本尊の保護を訴えた。たとえば、岡倉天心やフェノロサといった文化保護運動の先駆者たちは、日本各地を巡り、重要な仏像を保存する努力を続けた。彼らの活動により、多くの本尊が国外流出を防ぎ、また新しい世代にその価値が伝えられることとなった。本尊保護の取り組みは、歴史と信仰を守る重要なステップであった。
戦争の傷跡を乗り越える修復の技術
戦争や災害で損傷した本尊を修復する技術も進化を遂げた。たとえば、奈良の興福寺中金堂に安置される阿弥陀如来像は、戦火で大きな損傷を受けたが、現代の修復技術によって蘇った。この修復作業は、単なる物理的な修復ではなく、過去の信仰や技術を未来へつなぐ橋渡しでもある。修復作業には、高度な科学技術だけでなく、職人たちの細心の注意と熟練の技が必要である。これらの努力により、戦乱や災害を乗り越えた本尊は、新たな命を吹き込まれ、次世代にその輝きを伝え続けている。
平和への象徴としての本尊
戦争による破壊を経験した本尊は、平和の象徴としても注目されるようになった。たとえば、広島の平和記念公園に安置された地蔵菩薩像は、原爆の惨禍を生き延びた存在として、平和と再生の象徴となっている。本尊は、祈りの対象としてだけでなく、人々の心を結びつける力を持つ。このような本尊の存在は、歴史の教訓を伝え、未来の平和を願う手助けとなっている。本尊が持つ普遍的な価値は、戦争を越えた和解と希望の象徴として、現代においても重要な役割を果たしている。
第8章 本尊と技術革新―新しい形態の誕生
デジタル化で蘇る本尊の輝き
現代の技術革新は、本尊の保存と普及に新たな可能性をもたらしている。たとえば、3Dスキャンやデジタルモデリングを使った本尊のデータ化は、物理的な損壊のリスクを軽減し、世界中の誰でも本尊をバーチャルで体験できる道を開いた。京都の清水寺では、3Dプロジェクトを通じて千手観音像を詳細に再現し、オンラインで公開している。このような取り組みは、本尊の芸術的価値を広めるだけでなく、次世代へその文化財を確実に伝える手段として注目されている。技術が信仰の象徴を守るという新しい挑戦が始まっている。
3Dプリンティングが拓く新時代
3Dプリンティング技術の進化により、本尊のレプリカが精巧に再現されるようになった。特に、損傷した本尊の修復や研究において、この技術は大いに活用されている。奈良の興福寺では、戦火で失われた仏像を3Dプリント技術で再現するプロジェクトが進められた。この技術は、美術品としての価値だけでなく、信仰の対象としての役割も果たしている。本尊がその場の信仰を維持し続けるための手段として、3Dプリンティングは今後ますます重要になるだろう。物理的な枠を超えた新たな本尊の形が、未来に向けて構築されている。
AIが解き明かす本尊の秘密
AI技術も本尊研究の分野で革新をもたらしている。たとえば、人工知能を使った画像解析により、古い本尊の制作技法や歴史的背景を詳細に解明する試みが進行中である。東京大学では、AIを活用して仏像の表面に残る微細な刻印や塗装の痕跡を解析し、当時の制作工程や修復の履歴を再現するプロジェクトが進められている。これにより、本尊に込められた職人の技や信仰の変遷が、科学的な視点からも深く理解できるようになった。AIは、伝統的な信仰と最新技術の橋渡し役を担う存在として期待されている。
グローバル化する本尊の役割
技術革新は、本尊を世界へ広げるきっかけともなっている。オンライン展示やVR(仮想現実)体験を通じて、日本の本尊が国際的な注目を集めている。たとえば、東京国立博物館の「バーチャル国宝展」では、阿弥陀如来像や薬師如来像がデジタル化され、世界中の人々がその魅力を体感できるようになった。本尊は、国境を越えて文化的交流を促進する役割を担い始めている。これにより、日本独自の精神性と美術が、遠く離れた地域の人々にインスピレーションを与える存在となっている。技術は信仰と文化の新たな架け橋となっている。
第9章 現代社会における本尊の意義
本尊が与える心の安らぎ
現代社会において、本尊は多くの人々にとって心の拠り所となっている。仕事や学業、家庭のプレッシャーに悩む人々が、寺院を訪れ、本尊の前で手を合わせることで精神的な平穏を得る例は少なくない。たとえば、京都の知恩院では、阿弥陀如来像の前で祈ることで「浄土の安らぎ」を体感する人が増えている。本尊は物理的な存在でありながら、心の中に静けさをもたらす不思議な力を持つ。日々の喧騒の中で、本尊は静かな自己対話を可能にする存在として、多くの人々に支えられている。
現代の家庭に息づく本尊
家庭用の仏壇に安置される本尊は、現代においても重要な役割を果たしている。先祖供養や家族の絆を象徴する存在として、本尊は多くの日本人家庭で親しまれている。たとえば、お盆やお彼岸の時期には、多くの家庭で本尊の前に灯りをともし、供物を捧げる光景が見られる。これらの行為は、伝統と現代生活を結びつける大切な瞬間である。家庭の仏壇は、単なる装飾ではなく、家族の歴史や祈りが込められた特別な空間であり、本尊を中心とした生活文化が今なお息づいている。
多文化共生の中の本尊
グローバル化が進む現代社会では、本尊が多文化共生の象徴としても注目されている。日本を訪れる外国人観光客が、寺院の本尊に触れ、異文化への理解を深める場面が増えている。たとえば、奈良の東大寺を訪れた人々は、盧舎那仏の壮大さに圧倒されるだけでなく、その背後にある仏教の精神や日本の歴史を学ぶ機会を得ている。本尊は、日本文化の核心を伝えるだけでなく、異なる文化を結びつける役割も果たしている。その存在は、グローバルなつながりの中で新しい価値を生み出している。
デジタル時代の本尊の役割
インターネットの普及により、本尊の存在はデジタル空間でも注目されるようになった。バーチャル寺院やオンライン法要の開催により、遠く離れた場所にいる人々が本尊を拝むことが可能になっている。たとえば、ある寺院では、阿弥陀如来像を高解像度でオンライン公開し、誰でもその美しさと精神性を感じることができるようになった。デジタル技術は、本尊が持つ普遍的な価値をより広範囲に伝える手段として重要な役割を果たしている。本尊の意義は、時代を超えて進化し続けている。
第10章 本尊の未来―普遍的価値としての可能性
新時代に求められる本尊の役割
本尊は、これまで宗教や文化の中心として機能してきたが、未来においてはさらに多面的な価値を担うことが期待されている。現代の環境問題や社会的不安の中で、人々の心をつなぎ、地球規模の課題を解決するシンボルとしての役割が注目されている。たとえば、京都のある寺院では、本尊を中心にした環境保護活動が行われ、地域住民が協力して自然を守る運動が広がっている。本尊の精神的な力は、これからの社会においても新しい形で必要とされ続けるだろう。
グローバルコミュニティの架け橋としての本尊
グローバル化が進む現代、本尊は異なる文化や宗教の間で架け橋となる可能性を秘めている。たとえば、日本の仏教寺院を訪れる外国人観光客が増え、本尊を通じて日本文化や精神性を理解する機会が広がっている。また、国際的な平和イベントで本尊が祈りの中心となる例も増えている。本尊は、国や文化の違いを越えて共通の価値を示す存在として、グローバルコミュニティの中で重要な役割を果たす可能性を持つ。
テクノロジーが拡張する本尊の可能性
未来の本尊は、テクノロジーによって新しい形態を得るかもしれない。たとえば、AIやAR(拡張現実)を活用した仮想本尊が、遠隔地にいる人々に祈りや瞑想の場を提供することが考えられる。ある寺院では、デジタルアートを駆使して仏像の光背を再現し、新しい形で信仰体験を提供している。これらの技術革新は、本尊の精神的価値を現代社会に合わせて進化させる試みである。テクノロジーは、本尊の新たな可能性を広げ、これまで以上に多くの人々にその魅力を伝える手段となるだろう。
次世代に受け継がれる本尊の普遍性
未来においても、本尊が持つ普遍的な価値は変わらない。本尊は、形態や表現が変わっても、祈りや瞑想の中心であり続けるだろう。学校教育や地域コミュニティでは、本尊を通じて日本の伝統や文化を学ぶ機会が増えている。また、未来の子どもたちが本尊を通じて精神的な豊かさを感じることができるよう、伝統と革新が調和した取り組みが進められている。本尊の存在は、時代を超えても変わらない価値を持ち続け、人類の未来を照らし続ける灯火である。