集積回路/IC

基礎知識
  1. 集積回路(IC)の発と初期開発
    集積回路は1958年にジャック・キルビーとロバート・ノイスによって独立に発され、電子部品の小型化と高性能化を可能にした。
  2. ムーアの法則と技術革新
    ムーアの法則は、集積回路のトランジスタが約2年ごとに倍増するという経験則であり、半導体産業の発展を予測する重要な指標となっている。
  3. 半導体材料と製造技術進化
    シリコンは最も一般的な半導体材料であり、フォトリソグラフィーやEUV露などの製造技術が微細化を推進してきた。
  4. マイクロプロセッサの誕生と発展
    1971年にインテルが発表した4004が世界初の商用マイクロプロセッサであり、これ以降のIC技術進化がコンピュータ産業を大きく変革した。
  5. 集積回路の応用と社会への影響
    集積回路はコンピュータ、通信機器、自動車医療機器などあらゆる分野で活用され、現代社会の基盤技術として不可欠な存在となっている。

第1章 電子革命の幕開け - 集積回路の誕生

真空管から半導体へ ― 小さな革命の始まり

1940年代、コンピュータは巨大な機械だった。ENIAC(エニアック)は部屋を埋め尽くし、真空管がも使われていた。電源を入れれば熱で機械が故障し、修理に何時間もかかる。それでも人類は計算能力を求め、より小さく、より速い技術を模索していた。転機は1947年、ベル研究所で起きた。ジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテン、ウィリアム・ショックレーが半導体を使ったトランジスタを発したのだ。これにより、電流を制御する新たな方法が生まれ、電子機器の小型化が可能となった。この発が、やがて集積回路(IC)という革命へとつながるのである。

1958年の奇跡 ― 一枚のチップが世界を変えた

1958年、テキサス・インスツルメンツの若き技術者、ジャック・キルビーは一つの問題に直面していた。当時、電子回路は個別の部品を配線でつなぐ方式だったが、部品が増えるにつれて設計が複雑化し、コストも高騰していた。そこで彼は「すべての電子部品を1つの基板にまとめられないか」と考えた。そして9、ゲルマニウム基板の上に抵抗やコンデンサを直接形成し、世界初の集積回路を作り上げた。この小さなチップは、電子機器を劇的に進化させる第一歩となった。しかし、彼の挑戦はまだ始まったばかりだった。

二人の天才 ― ロバート・ノイスのもうひとつの解決策

ルビーの発から年後、カリフォルニアのフェアチャイルド・セミコンダクターで、別の技術者がまったく異なるアプローチで同じ問題に挑んでいた。ロバート・ノイスは、シリコンを基板にした集積回路を開発した。彼の方法では、トランジスタや回路をシリコン基板に直接作り込むことで、大量生産が可能になった。これは「プレーナー・プロセス」と呼ばれる技術で、現在の半導体製造の基礎となっている。1961年、彼のシリコンICが発表されると、世界中の企業がその可能性に気付き、半導体業界の競争が一気に加速したのである。

革命の扉が開かれる ― 集積回路がもたらした未来

ルビーとノイスの発は、すぐに世界を変え始めた。軍事用のミサイル誘導装置、宇宙開発、そしてコンピュータ産業が、IC技術進化を支えた。特に1969年、アポロ11号が面着陸を果たした際、NASAは小型化されたICを搭載したコンピュータを使用していた。わずか10年で、人類はICを活用して宇宙を目指したのだ。この小さなチップの誕生がなければ、現代のスマートフォンもAIも存在しなかったかもしれない。集積回路の発は、まさに電子技術の新時代を切り開いたのである。

第2章 ムーアの法則 - 技術進化の予言

1965年の直感 ― 未来を見通した男

1965年、ゴードン・ムーアはカリフォルニアの片隅で考え込んでいた。彼はフェアチャイルド・セミコンダクターのエンジニアで、半導体業界の未来を見据えていた。彼は集積回路のトランジスタが、約2年ごとに倍増していることに気づいた。もしこの傾向が続けば、10年後にはICの性能は飛躍的に向上し、コストも劇的に下がることになる。彼はこの洞察を論文にまとめ、「ムーアの法則」 として発表した。この予測は単なる理論ではなく、後にIT革命を支える指針となり、世界中の技術者が半導体開発の速度を加速させる原動力となった。

シリコンの進撃 ― 微細化が生んだ奇跡

ムーアの法則が現実のものとなるには、半導体製造の進化が不可欠だった。1970年代には、インテルが最初の商用マイクロプロセッサ「4004」 を発表し、それまで計算機に使われていた大型回路が手のひらサイズになった。1980年代に入ると、フォトリソグラフィー技術が発展し、回路の線幅は10ミクロンから1ミクロンへと劇的に縮小した。ムーアの法則に沿う形で、コンピュータは高速化し、コストは低下していった。この時代の進化がなければ、今日のスマートフォンやノートパソコンは存在しなかったかもしれない。

限界への挑戦 ― 原子レベルの戦い

2000年代に入り、トランジスタの微細化はナノスケールに突入した。しかし、ここで新たな問題が発生する。トランジスタが小さくなりすぎると、電子が「量子トンネル効果」 によって勝手に流れ出し、回路の制御が難しくなるのだ。研究者たちは、絶縁膜の改良やFinFET構造 など、新たな設計を次々に導入して微細化を続けてきた。しかし、物理的限界が近づく中で、ムーアの法則がこれまでのように機能し続けるのか、多くの議論が巻き起こっている。

ムーアの法則のその先へ ― 革命は終わらない

2020年代、ムーアの法則は限界を迎えつつあると言われるが、それは必ずしも終焉を意味しない。半導体メーカーは、3D集積回路 や 量子コンピュータ など、新しい技術の開発を加速させている。また、AIチップや専用プロセッサ(ASIC)は、従来のCPUとは異なる形で計算能力を高めている。ムーアの予測は今も指針であり続けるが、次世代の技術者たちは、さらに新たな法則を生み出そうとしている。技術革新の旅は、決して終わることはない。

第3章 シリコン王国 - 半導体材料の進化

シリコンが選ばれた理由 ― 砂から生まれた革命

地球の地殻の約28%はシリコンでできている。砂や石英の主成分でもあり、どこにでもあるありふれた元素だ。しかし、このありふれた物質が電子技術の中に据えられるまでには、多くの研究が必要だった。シリコンは電気を流すことも、絶縁することもできる「半導体」という特性を持つ。さらに、化膜を簡単に形成できるため、微細な回路を作るのに最適であった。1950年代、ベル研究所の科学者たちは、最も安定したトランジスタを作るためにシリコンの可能性を見出し、これが後の半導体産業の標準となったのである。

進化する製造技術 ― 分子レベルの彫刻

シリコンを使った集積回路を作るには、極めて精密な加工が必要である。1960年代、最初のICは手作業に近い方法で作られていたが、やがてフォトリソグラフィー技術が開発され、を使ってナノメートル単位の回路を刻むことが可能になった。1980年代には極端紫外線EUV)リソグラフィーの概念が登場し、2020年代には最先端の半導体製造に欠かせない技術となった。この進化により、トランジスタのサイズはミクロンからナノメートルへと縮小し、驚異的な計算能力を持つチップが生み出されるようになったのである。

シリコンの代わりはあるのか ― 次世代材料の模索

シリコンは優れた材料だが、微細化が進むにつれて限界が見えてきた。電子が小さすぎる回路を通ると、「量子トンネル効果」によって制御が難しくなる。そこで研究者たちは新たな材料を求め、カーボンナノチューブやグラフェンに注目し始めた。これらの材料はシリコンよりも電子の移動が速く、熱にも強い。また、化合物半導体であるガリウムヒ素(GaAs)は、超高速通信分野で既に活用されている。シリコンの時代は終わるのか、それとも新たな技術と融合して進化を続けるのか。未来はまだ決まっていない。

シリコンバレーの名の由来 ― 地域が生んだ産業革命

1970年代、アメリカ・カリフォルニア州のサンタクララ渓谷には、多くの半導体企業が集まり始めていた。フェアチャイルド・セミコンダクターやインテルをはじめ、多くの技術者たちがシリコンを基盤とする半導体技術を競い合い、発展させていった。やがて、この地域は「シリコンバレー」と呼ばれるようになり、世界のテクノロジー産業の中地となった。シリコンは単なる材料ではなく、技術と産業、そして文化を形作る存在となったのだ。今日もこの地から、新たな半導体技術が次々と生まれ続けている。

第4章 リソグラフィー革命 - ナノスケールへの挑戦

光で描く ― 半導体製造の核心技術

半導体チップの中には、ナノメートル(10億分の1メートル)単位の極小回路がびっしりと敷き詰められている。それらをどのように作り出すのか? 答えは「」だ。フォトリソグラフィー技術は、特殊なを使ってシリコンウェハーに微細なパターンを焼き付ける方法である。最初に使われた紫外線(UV)は1970年代に実用化され、線幅をどんどん小さくすることに成功した。しかし、回路がナノメートル単位に迫ると、通常の紫外線では細部まで正確に刻めなくなった。そこで、さらなる微細化のために新しい源が求められるようになったのである。

EUV時代の到来 ― 極端紫外線が切り開く未来

従来の源では限界に達した半導体業界は、2000年代に「EUVリソグラフィー」に注目した。EUV(極端紫外線)は波長13.5ナノメートルという極めて短いであり、従来技術の10分の1以下の微細なパターンを描ける。だが、この技術を実用化するのは困難を極めた。EUVを発生させるには高温プラズマを制御する必要があり、さらに特殊な反射ミラーが必要だった。オランダのASML社は、この難題を乗り越え、2018年にEUV対応の製造装置を実用化した。これにより、トランジスタの微細化は再び加速し、5ナノメートル以下の半導体が誕生したのである。

ナノメートルの壁 ― さらなる微細化への挑戦

EUVがもたらした進化は画期的だが、さらなる微細化には新たな課題が立ちはだかる。回路が2ナノメートル以下になると、電子が「量子トンネル効果」により制御不能になる可能性がある。また、シリコン基板の限界も見え始めている。そのため、次世代技術として「ナノシートトランジスタ」や「3D集積回路」の研究が進められている。半導体業界はこれまでも物理的な壁を突破してきたが、ここから先は従来のリソグラフィー技術を超えた新たな発想が必要となる。

チップの未来 ― 光を超える技術は生まれるか

リソグラフィーの進化半導体技術の発展を支えてきたが、その未来はどこに向かうのか。現在、EUVの次として「ハイパーEUV」や「電子ビームリソグラフィー」などの技術が研究されている。また、量子コンピュータ向けの新しい製造技術も注目されている。半導体の微細化が限界に近づいたとしても、新しいプロセスや素材未来を切り開くだろう。で描かれたナノスケールの世界は、今なお進化を続けているのだ。

第5章 マイクロプロセッサの誕生 - コンピュータ革命

世界初のマイクロプロセッサ ― 4004の誕生

1971年、インテルの技術者たちは、世界初のマイクロプロセッサ「4004」の開発を成功させた。この小さなチップは、かつて部屋いっぱいに広がっていたコンピュータの機能を、指先ほどの大きさに凝縮したものであった。開発のきっかけは、日の電卓メーカーBusicomからの依頼であり、技術者フェデリコ・ファジンとテッド・ホフが中となって設計を手がけた。4004には2300個のトランジスタが集積されており、当時としては驚異的な性能だった。この発によって、コンピュータは初めて個人が持てるほど小型化され、産業の在り方を根から変えることとなる。

8ビット革命 ― 8080がもたらした新時代

4004の成功に続き、1974年に登場した「8080」は、マイクロプロセッサの可能性をさらに押し広げた。8ビット処理が可能になり、これを搭載したMITS Altair 8800が「世界初のパーソナルコンピュータ」として登場すると、個人でもコンピュータを所有できる時代が始まった。特に、これに魅了されたのがビル・ゲイツとポール・アレンであり、彼らは8080向けのプログラム言語BASICを開発し、マイクロソフト創業の足がかりとした。8080の登場により、コンピュータは大企業や研究所だけのものではなく、一般の技術者たちの手に届くものとなったのである。

RISC vs. CISC ― プロセッサ設計の戦い

1980年代に入ると、プロセッサの設計思想をめぐる戦いが始まった。従来の「CISC(Complex Instruction Set Computing)」方式は、多機能な命令セットを持ち、プログラムを短縮することに長けていた。一方、スタンフォード大学IBMが推進した「RISC(Reduced Instruction Set Computing)」は、シンプルな命令セットを用いることで高速処理を実現するアプローチだった。1985年に登場したARMアーキテクチャは、このRISCの考え方を採用し、後にスマートフォンやタブレットの世界を支配することとなる。プロセッサの進化は、単なる小型化ではなく、効率を追求する新たなフェーズに突入していた。

マイクロプロセッサの未来 ― AIがもたらす変革

21世紀に入り、マイクロプロセッサは新たな転換期を迎えた。従来の汎用CPUに加え、AI専用のTPU(Tensor Processing Unit) やGPU(Graphics Processing Unit)が台頭し、機械学習ディープラーニングの処理を担うようになった。特にNVIDIAが開発した高性能GPUは、AIの計算能力を飛躍的に向上させた。また、量子コンピュータの研究も進み、従来のマイクロプロセッサの限界を超える技術が模索されている。マイクロプロセッサの発展は、人類の知能を拡張し、未来技術革新を加速させ続けるだろう。

第6章 半導体産業の勃興 - シリコンバレーと世界市場

シリコンバレーの誕生 ― 革命はガレージから始まった

1950年代後半、カリフォルニア州のサンタクララ渓谷には、まだ果樹園が広がっていた。しかし、ここに集まった若き技術者たちが、世界を変える企業を生み出すことになる。1957年、フェアチャイルド・セミコンダクターが設立され、半導体の量産技術を確立した。ここで育ったエンジニアたちは、次々と独立し、新たな企業を立ち上げた。インテル、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)、ナショナル・セミコンダクター――彼らが集積回路産業を牽引し、シリコンバレーという名称が定着したのである。ガレージから始まったこの革命が、世界の半導体産業の中地を生み出したのだ。

インテル vs. AMD ― チップ戦争の幕開け

1970年代、インテルは4004を発表し、続く8080、8086でコンピュータの心臓部を支配した。しかし、この覇権に挑んだのが、1979年にAMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)が発表したx86互換チップである。1980年代にはIBM PCの普及が進み、半導体市場は急拡大した。インテルとAMDの競争は激化し、1990年代にはクロック周波競争が展開された。この戦いはやがて、マルチコアプロセッサや電力効率の向上へとシフトし、現在のコンピュータ市場の基盤を作り上げたのである。

TSMCの台頭 ― 製造の主役は誰の手に?

1990年代以降、半導体産業の構造が変化した。かつて設計から製造までを担っていた企業は、ファウンドリー(製造専門企業)に生産を委託するようになった。その中にいたのが、台湾の**TSMC(台湾積体電路製造)**である。TSMCは高度な製造技術武器に、アップルやNVIDIA、クアルコムなどの企業と提携し、世界最大の半導体製造企業となった。2020年代には3ナノメートルプロセスの開発を進め、インテルを超える製造技術を確立した。いまや半導体の最先端は、シリコンバレーだけでなく台湾にも広がっている。

世界市場の競争 ― 未来を支配するのは誰か

21世紀に入り、半導体国家戦略の中となった。アメリカ、中韓国台湾が激しい競争を繰り広げ、各政府は半導体製造への投資を加速させている。サムスン電子はTSMCに対抗し、韓国政府の支援を受けながら製造技術を強化している。一方、中は「中製造2025」戦略のもと、自半導体の開発を推進している。世界の経済や安全保障を左右する半導体産業は、もはや単なる技術競争ではなく、国家間の覇権争いへと発展しつつある。次の10年で、半導体の勢力図は大きく変わるかもしれない。

第7章 モバイル革命 - スマートフォンとIoT

ポケットに入るコンピュータ ― スマートフォンの誕生

1990年代、携帯電話は通話専用のデバイスだった。しかし、2007年にスティーブ・ジョブズが「iPhone」を発表すると、すべてが変わった。iPhoneはタッチスクリーンを備え、アプリを自由に追加できる革新的なデバイスだった。この進化を支えたのが、強力なマイクロプロセッサである。スマートフォンのチップは、従来のパソコンを超える計算能力を持つようになり、もはや「電話」ではなく「ポケットに入るコンピュータ」となった。モバイルプロセッサの進化が、世界中のライフスタイルを一変させたのである。

ARMアーキテクチャの支配 ― 低消費電力で世界を動かす

スマートフォンの普及には、効率的なプロセッサが不可欠だった。その答えが「ARMアーキテクチャ」である。ARMは、低消費電力ながら高性能な設計を可能にし、AppleやQualcomm、Samsungといった企業がこれを採用した。インテルのx86プロセッサが主流だったPCとは異なり、スマートフォン市場ではARMが圧倒的なシェアを誇る。特にAppleのMシリーズチップは、ARM技術極限まで高め、PC市場にまで進出した。ARMはもはやスマートフォンだけでなく、あらゆるデバイスの心臓部となっている。

5GとIoT ― すべてがつながる世界へ

モバイル革命はスマートフォンだけで終わらなかった。5Gの登場により、インターネットの速度と接続性が劇的に向上し、あらゆるモノがネットワークにつながる「IoT(Internet of Things)」の時代が到来した。自動運転車、スマートホーム、ウェアラブルデバイス――これらすべては、半導体チップによって制御されている。特にエッジコンピューティング技術進化し、データをクラウドに送る前に、デバイス自身が処理を行うことが可能になった。モバイルとIoTの融合が、社会をよりスマートにしている。

バッテリーと効率の戦い ― 省電力技術の進化

モバイルデバイスの最大の課題は「電力」である。いかに高性能なプロセッサでも、バッテリーが持たなければ意味がない。この問題を解決するため、半導体企業は低消費電力技術を磨いてきた。FinFET構造や3nmプロセス技術の導入により、エネルギー効率が飛躍的に向上した。加えて、GaN(窒化ガリウム)を用いた高速充電技術が普及し、バッテリーの持続時間を補完する役割を果たしている。未来のモバイルデバイスは、より少ない電力で、より多くの処理をこなすよう進化し続けるだろう。

第8章 AIと半導体 - 次世代コンピューティング

AI革命の始まり ― ディープラーニングが開く扉

2012年、AIの歴史が変わった。トロント大学のジェフリー・ヒントン率いるチームが、ニューラルネットワークを用いた画像認識モデル「AlexNet」を発表し、AIの精度を飛躍的に向上させた。この成功の裏には、NVIDIAのGPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)の存在があった。従来のCPUでは処理が追いつかなかった膨大な計算を、並列処理が得意なGPUが高速に実行したのである。この瞬間から、AIと半導体の関係は切っても切れないものとなり、AI向けプロセッサの開発競争が激化した。

GPUの進化 ― AI専用チップの誕生

GPUはもともとゲームグラフィックスのために開発されたが、その並列処理能力がAIに最適であることが判した。NVIDIAはAI向けに最適化された「Tensor Core」を搭載したRTXシリーズを発表し、機械学習の処理速度を飛躍的に向上させた。一方、GoogleはTPU(Tensor Processing Unit)を開発し、AI向けに特化したハードウェアを投入した。これらの専用プロセッサにより、AIの学習時間は短縮され、今やAI技術は自動運転や医療診断、創作活動など、あらゆる分野に広がりつつある。

ニューロモーフィックコンピューティング ― 人間の脳を模倣するチップ

AIの進化が進むにつれ、従来の計算方式では限界が見え始めた。そこで注目されるのが、「ニューロモーフィックコンピューティング」である。これは、人間の脳の神経回路を模倣した設計を持つプロセッサで、エネルギー効率が極めて高い。インテルのLoihiやIBMのTrueNorthは、低消費電力でAI処理を実行する次世代チップとして開発が進められている。将来的には、脳のように学習し、リアルタイムで適応するAIチップが誕生し、ロボットやIoTデバイスの常識を塗り替えるかもしれない。

AIが変える未来 ― 半導体と人類の共進化

AIは今や、声アシスタント、画像認識、チャットボットなど、日常生活に深く組み込まれている。今後は、AI専用半導体がさらに進化し、エッジコンピューティングの普及が加速するだろう。これにより、デバイスがクラウドを介さずにその場でAI処理を行えるようになり、リアルタイムな判断が可能となる。さらに、量子コンピュータとAIの融合が進めば、科学研究や新薬開発など、これまで不可能だった領域にも革命が起こるだろう。半導体とAIは、共に進化しながら未来を形作っていくのである。

第9章 半導体の未来 - ポストシリコン時代

シリコンの限界 ― 物理法則が立ちはだかる

半導体の微細化は、ムーアの法則に従い長年続いてきた。しかし、シリコンを用いたトランジスタはついに限界に達しつつある。回路がナノメートル以下になると、電子が勝手に動いてしまう「量子トンネル効果」が発生し、制御が困難になる。さらに、シリコンが発熱しやすいという問題もある。このため、研究者たちは「ポストシリコン時代」に向け、新たな材料や構造を模索している。これまでの半導体の常識を覆す技術が、次の世代のコンピューティングを担うことになる。

カーボンナノチューブとグラフェン ― 次世代の半導体材料

シリコンに代わる有力な候補が、「カーボンナノチューブ」と「グラフェン」である。カーボンナノチューブは、炭素原子六角形に並んだ極めて強靭で軽量な素材で、シリコンよりも高速な電子移動が可能である。グラフェンもまた、高い導電性を持ち、発熱の問題を軽減できるため、次世代トランジスタの材料として期待されている。これらの新素材が実用化されれば、半導体はさらなる進化を遂げ、現在のシリコンチップを超えるパフォーマンスを発揮することができる。

量子コンピュータ ― 計算の概念を変える技術

ポストシリコン時代の最大の注目技術が、「量子コンピュータ」である。従来のコンピュータが「0か1」の二進法で計算するのに対し、量子コンピュータは「0と1の重ね合わせ状態」を利用し、一度に無の計算を並行処理できる。GoogleIBMは、超伝導量子ビットを使った試作機を開発し、特定の計算ではスーパーコンピュータを超える性能を示している。もし量子コンピュータが実用化されれば、暗号解析や新薬開発、宇宙探査など、人類の知的探求を大きく加速させることになるだろう。

3D集積回路と新たなパラダイム

従来の半導体は、平面上に回路を作る「2D設計」が主流だった。しかし、さらなる高性能化のために、トランジスタを立体的に積み重ねる「3D集積回路」が研究されている。現在のフラッシュメモリやプロセッサも、3D構造を採用し始めているが、次世代チップではさらに高度な積層技術が導入される。3D集積回路により、処理速度は飛躍的に向上し、データの転送速度も向上する。半導体未来は、単なる微細化ではなく、立体化による新たなパラダイムへと移行しつつあるのである。

第10章 集積回路と社会 - 人類の未来を支える技術

集積回路が変えた日常 ― 目に見えない支配者

もし日から集積回路が世界から消えたらどうなるだろうか? スマートフォンは動かず、インターネットも途絶え、病院の精密機器は使えなくなる。実は、現代社会は小さなチップによって支配されているのだ。冷蔵庫から電車の制御システム、オンライン決済まで、あらゆる場面で集積回路が働いている。その進化によって、私たちはより速く、便利に、効率的な生活を手に入れた。今や集積回路は、電気水道と同じくらい不可欠な存在となっているのである。

半導体と環境問題 ― テクノロジーの光と影

集積回路の進化は驚異的だが、その製造過程には膨大なエネルギーが必要である。最先端の半導体工場では、百万リットルの超純が毎日使用され、高純度な化学薬品も大量に消費される。また、半導体製造は二炭素を排出し、環境負荷も無視できない問題となっている。これに対し、企業はカーボンニュートラルの取り組みを進め、リサイクル可能な半導体材料の開発も進められている。集積回路が未来を形作る一方で、その「持続可能な進化」も求められているのだ。

倫理的課題 ― テクノロジーは誰のものか

半導体進化は、社会に大きな力をもたらした。しかし、その力は必ずしもに使われるとは限らない。顔認識技術や監視システムは、便利である一方でプライバシーを脅かす可能性がある。また、AI搭載の半導体は、戦争の在り方すら変えつつある。無人ドローンや自律型兵器は、集積回路の力によって制御される。テクノロジーがここまで進化した今、人類は「技術をどう使うのか」という倫理的な問いと向き合わなければならない。

人類と集積回路の未来 ― 共存か、それとも支配か

集積回路は人類の可能性を拡張し続けている。AI、量子コンピュータIoTといった技術進化するにつれ、私たちの生活も変わり続けるだろう。しかし、集積回路がすべての決定を下す未来が訪れたとき、人間はどこに立つのか? テクノロジーを支配するのか、それともテクノロジーに支配されるのか。その選択は、私たち自身に委ねられている。今、集積回路の歴史を学ぶことは、未来を決めるためのなのかもしれない。