基礎知識
- ノイズロックの起源
ノイズロックは1970年代後半から1980年代にかけて、パンクロックやアヴァンギャルド音楽から影響を受け、特にニューヨークの音楽シーンで発展したジャンルである。 - サウンドの特徴
ノイズロックは、従来のメロディやリズムを重視しない、歪んだギター音や過剰なエフェクト、断片的でカオティックな音を強調する独特のサウンドを持つ。 - 代表的アーティスト
Sonic YouthやThe Jesus and Mary Chainなどのバンドが、ノイズロックの音楽スタイルを確立し、ジャンルの代表的存在となった。 - 影響を与えた音楽シーン
ノイズロックはオルタナティヴロック、シューゲイザー、グランジなどのジャンルに影響を与え、特に1990年代の音楽シーンにおいて大きな役割を果たした。 - 文化的・社会的背景
ノイズロックは、都市部のサブカルチャーや反体制的な思想と強く結びついており、特にDIY精神や実験的な音楽表現の象徴としての役割を果たしてきた。
第1章 ノイズロックのルーツ – パンクとアヴァンギャルドの交差点
音楽の反逆者たち
1970年代後半、音楽の世界は急速に変わり始めた。パンクロックがその一翼を担い、若者たちは「反逆」と「自由」を音楽で表現した。ニューヨークのCBGBというライブハウスが、こうしたムーブメントの中心地となり、パティ・スミスやラモーンズなどが革新的なサウンドを奏でていた。彼らの音楽は短く、速く、シンプルであったが、その背後には社会への怒りや不満が詰まっていた。この「音楽の反逆者たち」が生み出した激しい音は、後にノイズロックの重要な土台となる。音楽が持つ可能性を限界まで押し広げる精神は、まさにノイズロックの核心に繋がっていくのである。
アヴァンギャルドとの融合
パンクロックのエネルギーに触発されたミュージシャンたちは、より実験的な音楽へと踏み込んでいった。それがアヴァンギャルド音楽との融合である。ジョン・ケージやラ・モンテ・ヤングといった前衛的な作曲家が追求した「音の無秩序さ」や「偶然性」は、ノイズロックの核となる概念を提供した。従来の音楽が持つルールを無視し、音自体の新しい可能性を探求する姿勢は、ノイズロックにおいても重要な要素である。ミュージシャンたちは、単なるメロディやリズムを超えて、音の「荒々しさ」そのものを音楽として捉え始めた。
ニューヨークの地下音楽シーン
ニューヨークは1970年代から1980年代にかけて、革新的な音楽が生まれる温床であった。特に地下音楽シーンは、ノイズロックの誕生に不可欠な役割を果たしている。ノー・ウェイヴと呼ばれるムーブメントが、伝統的なロックに反発し、より実験的でカオティックなサウンドを探求した。ソニック・ユースやスワンズといったバンドがこのシーンで頭角を現し、ノイズロックの方向性を決定づけた。彼らは、ギターやベースといった従来の楽器を「破壊的」に用い、予測不能なサウンドを生み出した。
ノイズロックの誕生
こうしたパンクとアヴァンギャルドの交差点から、ノイズロックという新たなジャンルが誕生した。特にソニック・ユースは、その音楽においてノイズとメロディの融合を追求し、独自のサウンドを生み出した。ノイズロックは、ただ音を騒々しくするだけではなく、音の「不完全さ」や「破壊的美学」を新しい形で表現した。1980年代半ばには、ノイズロックは独立したジャンルとして確立され、実験音楽の一環として広がりを見せた。その自由で過激な表現は、今なお多くのミュージシャンに影響を与え続けている。
第2章 サウンドの破壊 – ノイズロックの音の特徴とは?
歪みが生み出す美
ノイズロックの音楽を聴いたことがある人は、まずその「歪み」に驚くかもしれない。特にギターは、わざと音を乱し、通常の美しいメロディからかけ離れた音を生み出す。これを「ディストーション」と呼び、ギターアンプやエフェクターを使って意図的に音を崩す技法である。ソニック・ユースのサーストン・ムーアやリー・ラナルドは、この技法を駆使し、ギターが従来の楽器では表現できないような荒々しいサウンドを作り出した。歪んだ音は、混沌としたエネルギーを音楽に注ぎ込み、聴く者に強烈な印象を与える。
エフェクトが広げる世界
ノイズロックにおいて、エフェクターは魔法のような役割を果たす。エフェクターとは、楽器の音を変化させる装置で、例えばリバーブを使うことで音に「反響」を与えたり、ディレイを使うことで「こだま」のような効果を生み出したりする。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズは、これらのエフェクターを駆使して、空間的な広がりを持った音を作り出し、ノイズロックのサウンドに新しい次元をもたらした。エフェクターを使うことで、音楽の風景が一気に広がり、リスナーはその中に引き込まれる。
即興の美学
ノイズロックでは、即興演奏が非常に重要である。多くのノイズロックバンドは、ライブ演奏の中で予め決められたフレーズやコード進行をあまり重視せず、その場の感情や状況に応じて即興的に音を作り上げる。この即興性は、ノイズロックの予測不可能な魅力を生み出す要因の一つである。スワンズやミニストリーなどのバンドは、ライブでの圧倒的な即興パフォーマンスで観客を圧倒し、音楽にさらなるダイナミズムを加えていた。音が生まれる瞬間の緊張感と興奮は、ノイズロックの醍醐味である。
音の破壊的美学
ノイズロックの核心には「音の破壊的美学」がある。通常の音楽は、整然としたリズムと調和の取れたメロディを重視するが、ノイズロックはその逆を行く。サウンドが不協和音やノイズで満たされることで、混沌とした美しさが浮かび上がるのである。例えば、パンクロックバンドのブラック・フラッグは、音楽の破壊性を押し進め、聴覚的に挑戦的な音を作り出した。ノイズロックは、既存の音楽の「美しい音」の定義を覆し、何が音楽として受け入れられるかを問い直すジャンルなのである。
第3章 ノイズロックの先駆者たち – 誰が道を切り開いたのか?
ソニック・ユースの革命
1980年代、ソニック・ユースはノイズロックを象徴するバンドとしてその名を知られるようになった。サーストン・ムーアとリー・ラナルドのギターサウンドは、従来のロックの常識を打ち破り、意図的にチューニングを外し、ノイズを武器にした。彼らは曲の構成やリズムにとらわれず、ギターを弾くというよりも「叩きつける」ような演奏スタイルを持ち、聴く者に新しい音楽の可能性を提示した。アルバム『Daydream Nation』はその集大成であり、ノイズロックがただの実験音楽ではなく、独自の美学を持つアートフォームであることを証明した。
ジーザス&メリーチェインの騒音美学
スコットランド出身のバンド、ジーザス&メリーチェインもまた、ノイズロックの先駆者として知られている。彼らのデビューアルバム『Psychocandy』は、激しいギターのフィードバックとポップメロディを組み合わせた独特のサウンドを生み出した。ジムとウィリアム・リード兄弟が中心となったこのバンドは、激しいノイズの中にも甘美なメロディを感じさせ、ノイズとメロディが共存できることを証明した。彼らの音楽は、後にシューゲイザーやグランジといった新しいジャンルの形成にも大きな影響を与えた。
スワンズの圧倒的音圧
ノイズロックの中でも特に異彩を放つのが、スワンズである。マイケル・ジラ率いるこのバンドは、従来の音楽の枠を超えた「音圧」で聴衆を圧倒した。彼らのサウンドは、重低音と反復的なリズムを特徴としており、ライブでは聴覚だけでなく身体全体で音を感じさせるほどの迫力を持つ。スワンズは、ノイズロックにおいて「音そのものが持つ力」を徹底的に追求し、その結果、彼らの音楽は観客に物理的かつ感情的な衝撃を与えるものとなった。
ミニストリーとノイズの未来
ミニストリーは、ノイズロックにインダストリアル・ロックの要素を取り入れた先駆的なバンドである。アル・ジュールゲンセン率いるこのバンドは、ギターのディストーションに加え、シンセサイザーやサンプル音を大胆に使用し、デジタル技術を駆使してノイズの新たな形を作り出した。1989年のアルバム『The Mind Is a Terrible Thing to Taste』は、その過激な音作りと社会的メッセージで大きな注目を集めた。ミニストリーは、ノイズロックを未来へと進化させる重要な存在であり、電子音楽との融合も示唆している。
第4章 ノイズの先へ – ノイズロックが影響を与えたジャンル
オルタナティヴロックとのつながり
ノイズロックが広まるにつれ、その影響は1980年代後半から1990年代のオルタナティヴロックに波及した。特に、ソニック・ユースのようなバンドがパンクとアヴァンギャルドの融合を推し進めたことで、オルタナティヴロックはより自由な音楽表現を許容する場となった。ニルヴァーナのカート・コバーンもソニック・ユースからの影響を公言しており、ノイズロックの粗削りなサウンドはオルタナティヴロックの基盤を形成した。商業的に成功しながらも、実験的な要素を取り入れるオルタナティヴロックは、ノイズロックの精神を受け継いでいたのである。
シューゲイザーの夢幻的な音
シューゲイザーは、ノイズロックの影響を受けつつ、より「夢幻的」なサウンドを追求したジャンルである。特にマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのケヴィン・シールズは、ノイズとメロディを巧みに融合し、ギターを通じて音の壁を作り出すスタイルを確立した。彼らのアルバム『Loveless』は、フィードバックやディストーションを多用しながらも、音の中に埋め込まれた美しい旋律が聴く者を夢の中へと誘う。シューゲイザーは、ノイズロックの荒々しさに静寂と甘さを加えた、独自のジャンルとして成長していった。
グランジの反抗と共鳴
ノイズロックの破壊的なエネルギーは、グランジにも強い影響を与えた。1990年代にシアトルを中心に勃興したグランジは、ノイズロックの音の荒さとパンクの反抗精神を併せ持っていた。ニルヴァーナやパール・ジャムは、ギターのフィードバックやディストーションを大胆に取り入れ、メロディの背後で不協和音が鳴り響く音楽を作り出した。ノイズロックから引き継がれた「音の粗さ」は、グランジの「生々しい感情表現」と結びつき、多くの若者たちの共感を呼び起こす強力な力となった。
ノイズロックが生んだ新たな挑戦者たち
ノイズロックの影響は、オルタナティヴロックやシューゲイザーだけでなく、インダストリアル・ロックやポストロックといった新しいジャンルの登場にも寄与した。ミニストリーやナイン・インチ・ネイルズは、ノイズロックのエッセンスを取り入れ、ギターサウンドに加えて電子音やサンプリングを駆使したサウンドを追求した。これらのアーティストたちは、ノイズロックの実験精神をさらに発展させ、音楽の未来に向けて新たな地平を切り開いた。ノイズロックは、既存の音楽の枠を超えた挑戦の精神を次世代に引き継いでいる。
第5章 都市とノイズ – ノイズロックとサブカルチャーの関係
ニューヨークのアンダーグラウンド
1970年代から1980年代にかけて、ニューヨークのアンダーグラウンドシーンはノイズロックの重要な舞台であった。特にマンハッタンのダウンタウンは、パンク、アヴァンギャルド、そしてノイズロックが交差する中心地となった。ライブハウスCBGBはその象徴であり、ここではソニック・ユースやスワンズといったバンドが実験的な音楽を披露した。都市の喧騒や混沌が、ノイズロックのサウンドに強い影響を与え、ニューヨークの街そのものが「ノイズのエネルギー」を生み出していたのである。
DIY精神の台頭
ノイズロックは、商業主義に反発し、音楽を自らの手で作り上げる「DIY(Do It Yourself)」精神と深く結びついている。ノイズロックバンドの多くは、インディーズレーベルで自らの作品をリリースし、メインストリームの音楽業界から独立して活動を続けた。ソニック・ユースが所属していた「SSTレコード」や「Blast First」などは、その代表的なインディーズレーベルである。こうしたバンドやレーベルは、限られた資金と設備を駆使して音楽を生み出し、ファンとのつながりを重視することで、独自のサブカルチャーを築き上げた。
サブカルチャーとしてのノイズロック
ノイズロックは、単なる音楽ジャンルにとどまらず、都市の若者たちのライフスタイルや思想を体現したサブカルチャーでもあった。アートやファッションの世界と結びつき、パンクと同様に「反体制」や「自己表現」が重要なテーマとなった。アーティストのジェフ・クーンズや、映像作家のリディア・ランチなどがノイズロックの文化に影響を与え、音楽以外の領域にもそのエネルギーが波及した。ノイズロックは、既成の価値観に挑戦し、あらゆる制約から自由になるための「道具」として若者たちに受け入れられた。
ノイズロックと都市の喧騒
ノイズロックの音楽は、都市の喧騒や混乱から生まれたといえる。電車の音、車のクラクション、工事現場の騒音—こうした都市の雑音がノイズロックのバックグラウンドとなった。バンドのメンバーたちは、この騒がしい都市環境を音楽に取り入れ、音のカオスを意図的に表現したのである。ソニック・ユースの『Sister』やスワンズの『Children of God』などのアルバムは、都市の喧騒と不協和音を芸術に昇華させた代表例であり、ノイズロックが持つ都市との深い関係を示している。
第6章 ノイズロックのDIY精神 – レコード、ライブ、ネットワーク
インディーズレーベルの誕生
ノイズロックの多くのバンドは、主流の音楽産業に挑戦し、独立したインディーズレーベルを選んだ。これは、彼らが商業主義に背を向け、自分たちの音楽を自由に表現したいという強い思いからである。特にSSTレコードやBlast Firstといったレーベルは、ソニック・ユースやダイナソーJr.などの重要なバンドを世に送り出した。これらのレーベルは、大手レーベルの資金力に頼らず、バンドと密接に協力してアルバムを制作し、手作りの精神で音楽を広めた。彼らの活動は、ノイズロックが「DIY精神」を象徴するジャンルとなるきっかけを作った。
ローカルライブのパワー
ノイズロックは、ライブの現場でその真価を発揮した。小さなクラブや地下のスペースで行われるライブは、バンドと観客が直接的にエネルギーを共有する場であった。音が壁を震わせ、観客はその場のカオスとノイズの洪水に飲み込まれる。このライブ体験は、スタジオでの録音では得られない緊張感と興奮を提供するものだった。特にスワンズのライブは、耳をつんざくような轟音と激しいパフォーマンスで有名であり、観客はその場で物理的に音楽を「感じる」ことができた。
ファンコミュニティとネットワーク
ノイズロックは、ファンとのつながりを重視するDIY精神を育んだ。ファンたちはバンドのライブに足を運び、カセットテープや自作のファンジン(ファンが作る小冊子)を通じて、情報を共有し合った。このコミュニティは、インターネットが普及する前の時代に、バンドとファンを結びつける重要なネットワークとなっていた。ノイズロックは、商業的な成功よりも、こうしたファンベースの草の根的な支持を通じて広がりを見せた。このネットワークは、DIY精神を基盤にした独自の音楽文化を支えていた。
ノイズロックとグローバルな広がり
ノイズロックは、ローカルシーンから始まったが、やがて世界各地へと広がった。インディーズレーベルが海外のバンドと交流し、ツアーを行うことで、ノイズロックはアメリカを越えてヨーロッパや日本などの音楽シーンにも影響を与えた。特に日本のバンドであるボリスや、イギリスのモグワイは、ノイズロックの要素を取り入れつつ、独自のスタイルを生み出した。こうした国際的な交流は、ノイズロックを単なる一つのジャンルにとどまらせず、世界的な音楽ムーブメントへと成長させた。
第7章 実験的音楽とノイズロック – 境界を超えた音の試み
偶然と即興の音楽
ノイズロックの本質は、偶然と即興性にある。多くのバンドは、従来の音楽構造を壊し、その場で生まれる予測不可能なサウンドを追求した。ジョン・ケージの「偶然性の音楽」という概念が影響を与えた。例えば、ソニック・ユースはライブで予め決められたセットリストを持たず、その場の感情に応じて曲を変えることが多かった。音楽が即興的に生まれる瞬間のエネルギーは、ノイズロックにおいて重要な役割を果たしており、予測できない音の連鎖が聴く者に新鮮な驚きを与えた。
ノイズアートとの融合
ノイズロックは、音楽だけでなくアートとの関係も深い。音を芸術の一部として捉え、視覚や身体的な感覚と結びつけるアーティストも多い。ヤー・パンツやホワイトハウスなどは、音楽の中にパフォーマンスや視覚的要素を取り入れた。これらのアーティストは、ライブパフォーマンスで物理的なノイズや破壊的なエネルギーを表現し、音楽とアートの境界を曖昧にした。音そのものが美術作品のように扱われ、ノイズロックは単なる聴覚的な体験を超えて、芸術的な探求の一環となったのである。
前衛音楽との影響関係
ノイズロックは、1950年代や60年代の前衛音楽運動からも強く影響を受けている。特に、ラ・モンテ・ヤングやテリー・ライリーといったミニマリスト作曲家が持つ「反復」と「持続」の概念は、ノイズロックの反復的でドローン的なサウンドに大きな影響を与えた。例えば、スワンズは、反復的で力強いリズムを持続させることで、音の壁を作り上げた。前衛音楽の実験的なアプローチは、ノイズロックの自由で枠にとらわれない音楽作りの精神に深く結びついている。
音楽の常識を覆す実験
ノイズロックは、音楽の常識を覆す実験の場でもあった。多くのバンドが、従来の音楽理論や楽器の使い方を破壊し、新しい音楽表現の可能性を模索した。例えば、ビッグ・ブラックのスティーヴ・アルビニは、ギターやベースに加えて、ドラムマシンを大胆に取り入れ、機械的なリズムとノイズを融合させた。こうした実験的なアプローチにより、ノイズロックは伝統的なロックの枠を超え、音楽の可能性を無限に広げていった。聴く者は、予測できない音の冒険に引き込まれる。
第8章 ポストノイズロック – 新たな方向性と進化
ポストロックの台頭
ノイズロックの影響を受けたバンドたちは、1990年代に新しい音楽の方向性を探り始めた。ポストロックと呼ばれるこのジャンルは、ノイズの要素を保ちながらも、より繊細でアンビエントな音響空間を作り出した。代表的なバンドであるモグワイは、ギターを中心とした音の波を作り、クライマックスで轟音に変わる構造を多用した。彼らのアルバム『Young Team』は、ノイズと静寂が絶妙に交互する作風で、ポストノイズロックの新しい方向性を示した。ここでは、激しいノイズが感情表現の一部として使われている。
電子音楽との融合
ノイズロックの進化は、電子音楽との融合によってさらに加速した。デジタル技術の発展により、ギターの歪みやフィードバックだけでなく、シンセサイザーやサンプラーもサウンドの一部として取り入れられるようになった。特にナイン・インチ・ネイルズは、ノイズロックにインダストリアル音楽の要素を取り入れ、デジタルノイズを大胆に活用した。アルバム『The Downward Spiral』では、機械的なビートとデジタルノイズが融合し、音楽が持つ破壊的なエネルギーをより強調している。これにより、ノイズロックは新しい音楽技術とともに進化を遂げた。
静寂と轟音のダイナミズム
ポストノイズロックの特徴の一つは、静寂と轟音の対比を強調する音楽的ダイナミズムである。モグワイやゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラーなどのバンドは、曲の中で非常に繊細なパートから一気に爆発的な轟音へと移行する手法を採用している。これにより、聴く者は音のコントラストを通じて感情的な高揚感や緊張感を体験する。ノイズロックの荒々しさは残しつつ、より感傷的で深い音響空間を作り出すことに成功している。このスタイルは、映画音楽やドラマのサウンドトラックでも活用されている。
新世代のアーティストたち
ノイズロックの影響を受けた新しい世代のアーティストたちも次々と登場している。例えば、日本のバンドであるボリスは、ノイズロックとドローンメタルを融合し、重くゆっくりとしたサウンドで新たな道を切り開いた。また、アメリカのデス・グリップスは、ノイズロックのエネルギーをヒップホップに取り入れ、破壊的なサウンドと攻撃的なリリックで注目を集めている。これらのアーティストは、ノイズロックの遺産を新しい形で引き継ぎながら、音楽の限界をさらに広げている。
第9章 世界のノイズロック – グローバルな広がりと地域的特徴
日本のノイズロック – 静寂と混沌の美学
日本は、ノイズロックの最も独創的な解釈を生み出した国の一つである。特にメルツバウやボリスなどのバンドは、音の限界を押し広げた。メルツバウは、ノイズを徹底的に追求し、音そのものを破壊的に再構成するスタイルを確立した。一方、ボリスはノイズロックとドローンメタルを融合し、ゆっくりとした重厚なサウンドで世界中のリスナーを魅了している。日本のノイズロックは、静と動、秩序と混沌のコントラストを巧みに表現し、その独特な感性でグローバルな音楽シーンに影響を与えてきた。
ヨーロッパのアヴァンギャルドシーン
ヨーロッパでも、ノイズロックは独自の進化を遂げた。特にイギリスやドイツの音楽シーンは、実験音楽とノイズロックの融合が盛んである。イギリスでは、スワンズやザ・フォールなどが影響を与えたポストパンクとアヴァンギャルドの影響を受けたバンドが台頭した。ドイツでは、クラウトロックの遺産を引き継ぎ、アシュ・ラ・テンペルやファウストといったバンドがノイズと電子音楽を融合した新しい音楽スタイルを作り上げた。ヨーロッパのノイズロックは、知的かつ挑発的なアプローチが特徴である。
南米のノイズシーンの台頭
南米のノイズロックシーンも近年注目を集めている。特にアルゼンチンやブラジルでは、政治的な混乱や社会問題を反映した過激な音楽が生まれた。例えば、アルゼンチンのバンド、レイ・フェリオーロは、ノイズロックとパンクを融合させ、強烈なメッセージと共に音の暴力を表現している。ブラジルでは、セプティックフィッシュといったアーティストが、社会の不満や怒りをノイズとして表現し、反体制的な姿勢を強調した。南米のノイズロックは、激しい感情と社会的なメッセージがその核心にある。
グローバルネットワークの形成
インターネットの普及により、ノイズロックは世界中で一層つながりを持つようになった。バンドは国境を越え、オンラインでの音源配信やSNSを通じて、世界中のリスナーとつながることができるようになった。日本のボリスがアメリカツアーを行い、アメリカのサン・オーと共演するなど、グローバルなネットワークが形成されている。この国際的な交流は、各国のノイズロックシーンが互いに影響を与え合い、新しいサウンドが生まれる源となっている。ノイズロックは、もはや特定の国や地域に限らず、グローバルな現象となった。
第10章 未来のノイズ – ノイズロックのこれから
デジタル革命とノイズの進化
音楽のデジタル化は、ノイズロックにも大きな影響を与えている。かつてはアナログ機器やギターのエフェクターが主流だったノイズ作りも、今ではコンピュータやソフトウェアを使ってより自由で多様なサウンドが生み出されるようになった。特に、Ableton LiveやMax/MSPといったソフトウェアは、リアルタイムで音を生成・変化させることができ、アーティストが即興的にノイズを作り出すための強力なツールとなっている。デジタル技術は、ノイズロックにさらなる可能性を提供し、これからも進化を続けていくだろう。
AIとノイズロックの未来
人工知能(AI)の発展は、音楽制作の方法にも革命をもたらしつつある。AIは、既存の音楽データを学習し、新しい音楽を自動で作成できるようになっている。ノイズロックにおいても、AIを使った新たなサウンドの探求が進められている。たとえば、AIがノイズをリアルタイムで生成し、アーティストがそれを即興で操ることで、人間の創造性と機械の能力が融合する新しい音楽が生まれる可能性がある。未来のノイズロックは、AIを取り入れた実験的な音楽表現を通じて、さらに進化していくであろう。
バーチャルリアリティとノイズロック体験
バーチャルリアリティ(VR)技術も、ノイズロックの未来を形作る一つの要素となるだろう。ライブパフォーマンスがVR空間で行われ、観客は自宅にいながらも、没入感のあるノイズロックのライブを体験できる時代が近づいている。既にいくつかのバンドが、VRを使ったライブや音楽ビデオを試みており、音と映像が一体となった新しい体験が生まれている。こうした技術の進化により、ノイズロックは単なる聴覚的な音楽だけでなく、視覚や身体全体で感じる総合的な体験へと変貌を遂げる可能性がある。
新世代アーティストによるノイズの革新
新しい世代のアーティストたちは、既存のノイズロックの枠を超えた革新的な音楽を作り続けている。たとえば、デス・グリップスはヒップホップとノイズロックを融合させ、過激なサウンドと攻撃的なリリックで注目を集めている。また、電子音楽や実験音楽との融合も進み、ジャンルの境界を超えた作品が次々と登場している。これからも、若いアーティストたちが新たな技術や表現方法を取り入れ、ノイズロックを再定義し、さらなる進化を遂げるであろう。未来のノイズは、予測不可能な方向へと広がっていく。