トマス・ホッブズ

基礎知識
  1. トマス・ホッブズの著書『リヴァイアサン』 ホッブズの主著であり、彼の政治思想の中心である「社会契約論」や「自然状態」についての議論が展開されている。
  2. 自然状態と社会契約 自然状態とは、法や権力が存在しない無秩序な状態であり、ホッブズはこれを「万人の万人に対する闘争」と表現した。
  3. 主権の絶対性 ホッブズは、社会の平和と秩序を保つためには、絶対的な権力を持つ主権者が必要であると主張した。
  4. 機械論的世界観 ホッブズは、人間と社会を機械のようなシステムとして捉え、すべての行動は因果関係によって説明できると考えた。
  5. 歴史的背景:イングランド内戦 ホッブズの思想は、17世紀のイングランド内戦という不安定な政治状況の影響を強く受けており、これが彼の政治哲学の形成に大きく寄与した。

第1章 トマス・ホッブズの生涯と時代背景

戦乱の時代に生まれた哲学者

1588年、トマス・ホッブズはイングランド南部のマームズベリーで誕生した。この年、スペイン無敵艦隊がイングランドを襲撃したが失敗に終わる。ホッブズは後に「私は恐怖と共に生まれた」と語る。幼少期から聡明で、オックスフォード大学に進学し、哲学と古典を学んだ。彼の学びはそこで終わらず、ヨーロッパ各地を旅行し、ガリレオデカルトなど当時の著名な思想家とも交流した。この経験が後に彼の独自の思想を形作る上で重要な役割を果たした。彼が生きた時代は、政治的混乱と宗教的対立が続く不安定な時代であった。

イングランド内戦とその影響

17世紀のイングランドは激動の時代であった。特に、1642年から1651年にかけて起きたイングランド内戦は、ホッブズの人生と思想に大きな影響を与えた。王党派と議会派が激しく対立し、全体が混乱に陥った。ホッブズ王チャールズ1世を支持する王党派に属していたが、内戦が激化するとフランスに逃れた。内戦の中で、秩序のない世界がいかに恐ろしいかを目の当たりにし、これが彼の「万人の万人に対する闘争」という有名な理論を生み出すきっかけとなったのである。

知識人としての成長と影響

ホッブズの思想は、単に内戦だけではなく、彼が出会った多くの知識人たちからも強い影響を受けている。彼は特にガリレオ・ガリレイの自然法則の研究に感銘を受け、人間社会も同様に法則によって説明できると考えた。また、ルネ・デカルト合理主義哲学にも触発され、物事を合理的に解釈しようとする姿勢を身につけた。ホッブズは、こうした新しい科学哲学を吸収しながら、自身の政治哲学を構築していったのである。

不安定な時代から生まれた政治哲学

ホッブズの思想は、彼の時代の混乱に対する応答として生まれたものである。特に、彼の政治哲学の中核をなす「社会契約論」は、戦争と無秩序が続く中で、平和と安定をどうやって確立できるかという問いに対する答えであった。ホッブズは、絶対的な主権者が必要だと主張し、これが後の政治思想に大きな影響を与えた。彼の考えは、後世の思想家にも受け継がれ、特に近代国家の形成に大きな影響を与えることとなった。

第2章 『リヴァイアサン』の誕生

思想の集大成、『リヴァイアサン』

1651年、トマス・ホッブズは彼の最も有名な著書『リヴァイアサン』を発表した。このタイトルは、旧約聖書に登場する巨大な海の怪物「リヴァイアサン」から取られている。ホッブズはこの怪物を、強力で絶対的な国家象徴として描き、人々の平和を守るためには、強い統治者が必要だと説いた。『リヴァイアサン』は哲学政治学社会学の要素をすべて含み、当時のヨーロッパ全体に大きな影響を与えた。ホッブズは、この著作で社会契約の概念を明確にし、彼の思想の集大成を世に示したのである。

執筆の背景にあった混乱

『リヴァイアサン』が書かれた背景には、イングランド内戦による社会的混乱があった。ホッブズは自らの目で見た無秩序な状況を基に、安定した国家には強力な統治者が不可欠だと考えるようになった。彼は、王権と議会が対立し、内戦が激化する中でフランスに亡命し、そこで執筆を進めた。ホッブズは、王が処刑され、議会が力を持つ時代の不安定さを目の当たりにし、人間社会の根的な秩序について深く考えたのである。この状況が、彼の作品に反映されている。

当時の反響と批判

『リヴァイアサン』は当時、賛否両論を巻き起こした。ホッブズの主張する強力な主権者の必要性は、王党派の一部には支持されたが、議会派や宗教界からは激しい批判を受けた。特に、ホッブズ国家の絶対的な権力を擁護する一方で、宗教的権威を国家の下に置くべきだと主張したことは、多くの宗教指導者にとって受け入れがたいものであった。しかし、この作品は後の政治哲学においても重要な位置を占め、今なお議論の対となっている。

ホッブズの革新とその後の影響

『リヴァイアサン』は単なる政治理論書ではなく、ホッブズが独自に展開した「自然状態」や「社会契約論」といった新しい概念を提示する画期的な作品であった。これらの概念は、後のジョン・ロックやジャン=ジャック・ルソーなど、後世の思想家たちに大きな影響を与えた。彼の社会契約論は、近代国家の成り立ちや法の支配について考える際の重要な基盤となっている。ホッブズの思想は、強権的な統治に対する支持を示すだけでなく、自由や安全を巡る深い議論を促すものでもあった。

第3章 自然状態と社会契約

万人の万人に対する闘争

トマス・ホッブズは、人間が法律や政府のない「自然状態」で生きると、すべての人が自分の安全や利益のために他人と戦う状態になると考えた。彼はこの状態を「万人の万人に対する闘争」と呼び、暴力と混乱が支配する世界を描いた。人々は常に恐怖にさらされ、平和や安心を感じることができない。このような危険な状態では、誰もが自分を守るために戦わなければならないので、戦争や裏切りが絶えない社会になるとホッブズは信じていた。

自然権とその限界

ホッブズは、すべての人間が持っている「自然権」という概念を提唱した。この自然権とは、他の誰かに干渉されずに自分を守る権利を指す。自然状態では、人々は自由に自分の命や財産を守るために行動するが、同時にこの自由が他人の権利を侵害することになる。そのため、自然権を無制限に行使すると、混乱と対立を生むことになるとホッブズは指摘した。彼は、この無制限の自然権を制約するために、何らかのルールが必要だと考えた。

社会契約の必要性

ホッブズが提案した解決策は「社会契約」である。人々が自然状態の混乱を避け、平和を確保するためには、全員が互いに契約を結び、一人の強力な統治者に権力を委ねることが必要だと主張した。人々は自分の自由の一部を放棄し、その代わりに秩序と安全を手に入れるという契約を交わす。この契約によって、社会全体が一つのルールに従い、戦争状態から脱することができるのだとホッブズは説いた。

社会契約による平和の確立

社会契約が成立すると、人々は自分たちの安全を守るために「主権者」に絶対的な権力を与えることになる。ホッブズは、この主権者が法律を作り、それを厳格に実行することで、社会に平和と秩序がもたらされると考えた。主権者が強力であればあるほど、人々は安心して生活できる。この考えは、後の多くの政治思想に影響を与え、国家のあり方についての議論を深めることになった。ホッブズは、平和と安全のためには強いリーダーが必要だと強調した。

第4章 主権と絶対権力

主権者とは何か?

ホッブズにとって、社会の秩序を保つためには「主権者」と呼ばれる強力な存在が必要であった。この主権者は、すべての人々が合意して権力を委ねた人物や集団であり、絶対的な力を持つことが求められる。ホッブズは、主権者の役割を「リヴァイアサン」として象徴し、平和と安全を維持するために、彼らがすべての法律を決め、従わせる権限を持つべきだと考えた。主権者が弱ければ、社会は再び混乱し、戦争状態に逆戻りする危険があると警告した。

絶対権力の必要性

ホッブズは、主権者が絶対的な権力を持つことが不可欠であると考えた。その理由は、すべての人々が異なる欲望や意見を持っているため、もし誰かが主権者の決定に従わなければ、社会全体が不安定になるからである。人々は、個々の自由や権利をある程度犠牲にすることで、全体の安全を確保するべきだとホッブズは主張した。この考え方は、現代でも議論されるテーマであり、政府の力と個人の自由のバランスについて考えるきっかけを提供している。

主権者と自由の関係

一見すると、ホッブズの主張する絶対的な主権者は、個人の自由を完全に奪うように思われる。しかし、ホッブズはこれに対して、「真の自由とは、無秩序の中にあるのではなく、法と秩序がある環境でこそ享受できるものだ」と説明している。つまり、主権者によって定められたルールに従うことで、人々は無法な暴力から守られ、自由に自分の生活を送ることができるというわけである。これは、秩序の中でこそ自由が成り立つというホッブズ独自の視点である。

統治の正当性とその限界

ホッブズの理論では、主権者の権力は絶対的だが、それには条件がある。もし主権者が人々の安全や秩序を守らず、逆に不当な支配を行うようになった場合、社会契約が破られたと見なされる可能性がある。この場合、人々は主権者に従う義務を失うことになる。ホッブズは、一度契約を結んだ以上、主権者の権力は基的に揺るがないと考えていたが、同時にその権力には目的があり、それが果たされなければならないと認識していた。

第5章 機械論的世界観と人間観

人間は機械のような存在?

トマス・ホッブズは、人間を「機械」として捉える独特な考えを持っていた。彼は、人間の体も心も、時計のように機械的に動く仕組みだと考えた。例えば、心臓はポンプのように血液を送り、筋肉はレバーや歯車のように働く。ホッブズにとって、すべての人間の行動は外からの刺激に対する反応として説明できるという。彼は、「自由意志」もこの機械的な反応の一部だと捉え、私たちの選択も因果関係によって決まるものだと主張した。

科学的思考の影響

ホッブズがこうした機械的な世界観を持つようになった背景には、当時の科学の発展がある。ガリレオ・ガリレイやアイザック・ニュートンが提唱した物理法則が、ホッブズの考えに大きな影響を与えた。彼は、宇宙が物理法則に従って動くように、人間もまた同じ原理に基づいて動くと考えた。物事を合理的に理解しようとするホッブズの姿勢は、当時の科学革命の流れの中で形成されたものであり、彼の政治哲学にも深く関わっている。

感情も機械的に説明できる

ホッブズは、人間の感情や欲望も機械の動きの一部として説明できると考えた。彼によれば、私たちの感情は、外部からの刺激が体内で引き起こす反応の一種であり、喜びや悲しみ、怒りや恐怖といった感情も、脳内の機械的なプロセスで生まれるとした。例えば、恐怖は危険に対する自然な反応であり、それもまた機械の一部のように理解できるという。このように、彼は人間の精神感情までも科学的に説明しようとした。

機械としての社会

ホッブズは、個人だけでなく社会全体も機械のように動くと考えた。社会は、異なる役割を持つ人々が協力して一つのシステムを作り上げることで成り立つ。この機械的な見方に基づき、ホッブズは社会の安定を保つためには、すべての部品が正しく機能する必要があると主張した。もし一部の人々がルールを守らなければ、社会全体が崩壊する危険がある。だからこそ、彼は強力な主権者が社会の部品を調整する役割を果たすべきだと考えたのである。

第6章 ホッブズの政治思想の進化

初期のホッブズ:哲学への目覚め

トマス・ホッブズの初期の政治思想は、哲学と古典的な学問に影響されていた。彼が学んだギリシャローマ哲学者たちは、国家や統治の仕組みについて深く考察していたが、ホッブズは彼らと異なる道を歩み始めた。初期のホッブズはまだ政治的な理論を明確にはしていなかったが、特に社会の秩序を保つために何が必要かという問題に興味を抱いていた。彼は、人間の自然な欲望と、秩序を作り出すためのルールの必要性について考えを深めていったのである。

イングランド内戦がもたらした転機

ホッブズ政治思想に大きな影響を与えたのは、1640年代に勃発したイングランド内戦であった。王権と議会が激しく対立し、全体が混乱と暴力に包まれる中、ホッブズは秩序の大切さを強く感じた。戦争によって目の当たりにした無秩序と破壊が、彼の思想を変える大きなきっかけとなった。この経験から彼は、絶対的な権力を持つ統治者こそが、平和を守り、社会を安定させる唯一の手段であると信じるようになったのである。

後期のホッブズ:政治思想の完成

内戦を経験したホッブズは、その後、自身の政治思想をさらに発展させた。彼の後期の著作では、主権者の絶対的な権力を強く主張し、その理論を緻密に説明している。彼は、人々が互いに契約を結び、権力を一人または一つの集団に委ねる「社会契約」こそが、安定した社会を築くために必要だと結論づけた。特に『リヴァイアサン』では、社会のすべての要素がどのようにして秩序に従うべきかが詳細に述べられている。

時代の変化とホッブズの適応力

ホッブズの思想は、単に彼の内的な洞察だけでなく、彼が生きた時代の急激な変化にも適応したものであった。絶え間ない戦争や社会的混乱は、ホッブズに現実的で実践的な解決策を見出させる要因となった。ホッブズは、政治的安定と個々の安全を両立させるためには、強いリーダーシップが欠かせないと考えていた。このように、彼の政治思想はその時代の変化とともに進化し、社会契約と主権の概念を通じて現代にも影響を与え続けている。

第7章 宗教とホッブズ

ホッブズの世俗的な宗教観

トマス・ホッブズは、宗教を個人の信仰だけでなく、社会全体の秩序を保つための重要な要素と考えていた。しかし、彼はの権威を国家より上に置くような考え方には反対した。ホッブズにとって、宗教は主権者が統治を効果的に行うために管理されるべきものであった。彼は、人々が宗教的な理由で争うことを避けるために、国家宗教をコントロールする必要があると主張した。こうした世俗的な宗教観は当時の宗教指導者たちから大きな批判を受けたが、ホッブズにとっては社会の平和を守るための重要な理論だった。

キリスト教と政治の関係

ホッブズは特にキリスト教が、当時のイングランド社会において大きな影響を持っていることを理解していた。彼の考えでは、キリスト教の教えは人々を道徳的に導くことができるが、政治的な権力はあくまでも国家が持つべきだとした。つまり、教会は人々の信仰を支える役割を担うが、政治的な決定は主権者が行うべきであると考えた。このように、ホッブズ宗教政治を分けることで、宗教的対立が政治に干渉するのを防ごうとした。

聖書の再解釈

ホッブズは『リヴァイアサン』の中で、聖書の解釈に関して独自の見解を示した。彼は、聖書象徴的な意味を持つものであり、文字通りに受け取るべきではないと主張した。例えば、奇跡や予言といった超自然的な出来事も、政治的なメッセージや教訓として解釈すべきだと考えた。ホッブズのこの再解釈は、宗教に対して理性的かつ現実的なアプローチを取るものであり、当時の宗教的な権威に挑戦するものだった。

宗教と国家の関係の未来

ホッブズは、宗教が社会の安定に寄与する一方で、無秩序を招く可能性もあることを強く意識していた。彼は、宗教国家によって適切に管理されることで、社会の平和と秩序が保たれると信じていた。この考えは、後に世俗主義の発展に影響を与え、現代の政治宗教の関係にも通じるものがある。ホッブズ宗教に対するアプローチは、宗教的な熱狂を抑え、合理的な統治を優先させるという実用的な視点から成り立っていた。

第8章 イングランド内戦とホッブズの思想

戦争がホッブズの思想を形作る

17世紀に勃発したイングランド内戦は、トマス・ホッブズ政治思想に大きな影響を与えた。1642年に始まったこの戦争は、王権を支持する王党派と議会を支持する議会派との間で激しく争われ、は混乱に陥った。ホッブズはこの無秩序な状態を目の当たりにし、人々が来持っている残酷さや自己中心的な性質を強く感じた。この経験は、彼が「自然状態」と呼んだ、法律や政府が存在しない状態の危険性を強調する理論に結びついたのである。

ホッブズの亡命と執筆活動

イングランド内戦が激化すると、ホッブズは自分の安全を守るためにフランスへと亡命した。この亡命期間中、彼は自らの政治思想を深める機会を得た。フランスでは、彼はカトリック教会の影響が強い中で、宗教政治の関係についても考えるようになった。この時期に執筆された『リヴァイアサン』は、戦争暴力から社会を守るために強力な国家権力が必要であるというホッブズの考えを表している。亡命生活は、彼の思想に深い洞察を与えたのである。

戦時下の秩序と無秩序

内戦が進む中、ホッブズ戦争のもたらす無秩序を目の当たりにし、秩序のない社会がいかに危険かを痛感した。彼の「万人の万人に対する闘争」という考えは、この経験から生まれたものである。内戦では、法律やルールが崩れ去り、人々は自分たちの利益のために暴力や裏切りに走ることが多かった。この状況は、ホッブズにとって、自然状態での人々の行動をリアルに示すものだった。このため、彼は安定した国家が必要だと強く信じるようになった。

内戦の終結と思想の成熟

イングランド内戦が終結した後、ホッブズは自に戻り、そこで彼の政治思想はさらに洗練された。チャールズ2世が王位に復帰したことにより、ホッブズは王権の重要性を再確認した。内戦中に得た教訓から、ホッブズは、個人の自由よりも秩序を優先させる強力な統治が、長期的な平和を実現するために不可欠であると結論づけた。この経験を経て、彼の思想は完成に近づき、後の時代にも影響を与える政治哲学を形成することになった。

第9章 ホッブズと他の啓蒙思想家たち

ホッブズとロック:異なる社会契約論

トマス・ホッブズとジョン・ロックは、どちらも「社会契約論」を提唱したが、その内容は大きく異なる。ホッブズは、人間が「自然状態」で生きると暴力と混乱に陥ると考え、強力な主権者が必要だと主張した。一方、ロックは、人間は生まれながらにして「生命、自由、財産」という基的な権利を持ち、政府はこれらの権利を守るために存在すると説いた。ホッブズが強力な権力を重視したのに対し、ロックはより自由で個人の権利を重視する政治体制を想定していた。

ホッブズとルソー:自然状態の対照的な見方

ジャン=ジャック・ルソーホッブズとは全く逆の「自然状態」観を持っていた。ホッブズ自然状態を「万人の万人に対する闘争」として描いたが、ルソーは自然状態を理想的な自由の状態と考えた。ルソーによれば、人間は文明が発展する以前、もっと平和自然に調和していたが、私有財産の概念が生まれることで不平等が広がり、争いが増えたとした。この点で、ルソーとホッブズは根的に異なった思想を持っており、社会契約へのアプローチも大きく異なった。

ホッブズとモンテスキュー:権力分立の違い

ホッブズが強力な主権者による統治を支持したのに対し、フランスの思想家モンテスキューは「権力の分立」を提唱した。モンテスキューは、権力が一つの機関に集中すると、必ず腐敗や専制が生じると考えた。彼は立法権、行政権、司法権が分かれていることが、権力の乱用を防ぐ最良の方法だと主張した。この権力分立の考え方は、ホッブズの主権者による絶対的な統治と真っ向から対立しており、後の民主主義体制に大きな影響を与えた。

ホッブズの思想が啓蒙思想家に与えた影響

ホッブズは多くの啓蒙思想家に対して直接的・間接的に影響を与えた。彼の「社会契約論」はロックやルソーといった後の思想家に新しい視点を提供し、彼らが独自の理論を発展させるための土台となった。また、ホッブズの強力な国家権力の必要性を主張する思想は、後の絶対王政や法の支配を巡る議論に大きな影響を与えた。ホッブズの思想は、当時の政治体制を揺るがすだけでなく、現代の政治哲学や統治のあり方にも深い影響を与えている。

第10章 ホッブズの思想の現代的意義

社会契約論が今も生きる理由

ホッブズの「社会契約論」は、現代の政治や社会の基的な考え方に強く影響を与えている。彼の理論は、人々が自由をある程度制限し、共通のルールに従うことで社会の秩序が保たれるというものだ。現代でも、私たちは法律や規則に従いながら生活しており、その背後には、ホッブズが提唱したような暗黙の「契約」が存在している。民主主義や法治国家の基盤にも、ホッブズの思想は根強く息づいていると言えるだろう。

リヴァイアサンと現代の国家

ホッブズが『リヴァイアサン』で描いた強力な主権者のイメージは、現代の国家が果たす役割にも影響を与えている。例えば、政府が民の安全を守り、社会の秩序を維持するという役割は、ホッブズの考えに基づいている。強いリーダーシップが必要な場面、例えば災害や緊急事態の際には、ホッブズが提唱した「主権者」の存在が再び重要視される。現代の国家も、彼の理論をもとに、強力な統治と市民の自由のバランスを探っている。

自然状態の現代的解釈

ホッブズの「自然状態」という概念は、現代社会においても議論され続けている。彼が述べた「万人の万人に対する闘争」は、例えば無政府状態や治安が崩壊した地域で見られる現に近い。これらの状況では、ホッブズの描いた「自然状態」が実際に起こり得ると理解できる。彼の思想は、平和で安定した社会がいかに大切かを示すものであり、現代においてもその教訓は色あせていない。

ホッブズの思想が現代社会に問いかけるもの

ホッブズの理論は、強力な国家権力の必要性を説きながらも、同時に個人の自由や権利についての重要な問いを投げかけている。現代の社会でも、政府の力がどこまで許容されるべきか、自由や安全をどのようにバランスさせるかという問題は常に議論されている。ホッブズの思想は、権力の行使や個人の自由を考える際の基的な枠組みを提供し続けており、その重要性はこれからも続いていくであろう。