ホメロス

第1章: ホメロスとは誰か—謎に包まれた詩人

古代ギリシャに響き渡るホメロスの名

ホメロスは、古代ギリシャの詩人として知られ、歴史に名を残している。しかし、彼の実像は謎に包まれている。『イリアス』や『オデュッセイア』といった叙事詩が、彼によって作られたとされるが、ホメロスが実在したかどうかさえ明確ではない。一部の学者は、彼は一人の詩人ではなく、複数の詩人たちによって伝えられた物語が集大成されたものだと主張する。彼の名前は、ギリシャ語で「盲目の詩人」を意味する言葉に由来するとも言われ、目が見えなかったという説もあるが、真相は明らかではない。彼の生涯についての詳細な記録が残されていないため、ホメロスという人物を探ることは、まるで過去の影を追うかのようである。

紀元前8世紀の混乱とホメロスの出現

ホメロスが活躍したとされる紀元前8世紀は、ギリシャが大きな変革期にあった時代である。この時期、ギリシャ世界はポリス(都市国家)が次々と成立し、社会構造が劇的に変化していた。トロイ戦争や、英雄たちの物語は、この混乱の中で口承によって伝えられ、民衆に力強い希望と誇りを与えた。ホメロス叙事詩は、ギリシャ人たちが戦争や苦難に直面する中で、自らのアイデンティティを確認するための道具となった。詩が単なる物語でなく、文化的、精神的な支柱として機能していた時代に、ホメロスは現れたのである。

ホメロスの詩は誰のためのものだったのか?

ホメロスの詩は、古代ギリシャ社会において重要な役割を果たしていたが、それはただの娯楽ではなかった。『イリアス』や『オデュッセイア』は、口承文学として民衆に広まっていったが、その内容はギリシャの貴族や戦士階級に向けられていた。彼らは、これらの叙事詩を通じて、戦争の英雄的行為や々の干渉を学び、自らの道徳や行動の指針とした。ホメロスの詩は、古代ギリシャにおける教育の一環としても機能し、若者たちに理想の英雄像を示し、道徳的な教訓を与えるものでもあったのである。

ホメロスの影響—彼は神々の声を伝えた詩人か?

ホメロス叙事詩には、多くの々が登場し、彼らが人間の運命に深く関わっている。ゼウス、アテナ、アポロンなどの々は、トロイ戦争やオデュッセウスの旅において重要な役割を果たす。ホメロスの詩が単なる英雄物語にとどまらず、話的な要素を取り入れていることは、彼が古代ギリシャにおける宗教的な価値観や信仰を反映していることを示している。ホメロスは単なる物語の語り部ではなく、々の声を人々に伝える媒介者としても機能していたのだ。彼の詩は、ギリシャの宗教や信仰体系に深く根ざしている。

第2章: 古代ギリシャとホメロスの時代背景

ギリシャ世界の目覚め—ポリスの誕生

紀元前8世紀、ギリシャ世界は大きな変革の時代を迎えていた。海岸沿いに散らばる都市国家、いわゆる「ポリス」が次々に誕生し、アテネやスパルタといった有名な都市が形成されていった。これらのポリスは、それぞれ独自の政治制度や文化を持ちながらも、ギリシャ全土に広がる共通の言語と話によって結びついていた。ホメロスの詩は、こうした新しい都市国家の形成過程において重要な役割を果たした。『イリアス』や『オデュッセイア』は、ギリシャ人たちに共通の歴史と英雄像を示し、それによって彼らのアイデンティティを強固にした。

英雄と戦士の時代—戦争の文化

この時代、戦争はギリシャ社会において中心的な存在であった。ポリス間の争いや、ペルシア帝国との対立が頻繁に繰り広げられ、戦士としての名誉が非常に重んじられていた。ホメロスの『イリアス』は、こうした戦争の文化を象徴している。アキレウスやヘクトールのような英雄たちが、戦場での勇敢さと死を賭けた戦いによって、彼らの名誉を守ろうとする姿が描かれている。ギリシャ社会では、戦士たちは単なる戦闘員ではなく、々と人々の渡しをする存在であり、英雄の物語は彼らの生き方の手本となっていた。

宗教と神々の支配する世界

ギリシャ人にとって、日常生活と々は切り離せない存在であった。ゼウスをはじめとするオリンポスの々が、自然や人間の運命に直接関与すると信じられていた。この信仰は、ホメロスの詩に深く根付いている。『イリアス』や『オデュッセイア』では、々が戦争や冒険に介入し、英雄たちの運命を左右する場面が多く見られる。々との関係は、ギリシャ社会において信仰と道徳の指針を示すものであった。ホメロス叙事詩は、ギリシャ人が々の意思にどう向き合い、どのように生きるべきかを教える教訓としての役割も担っていた。

市場と文化の交流—交易の発展

ポリスの発展とともに、ギリシャ全土では交易が盛んに行われるようになった。エーゲ海を越え、東はアジア、西はイタリアまで、商人たちは活発に行き交い、異文化との交流が進んだ。こうした交易は、単に物品の交換にとどまらず、文化や思想の共有にもつながった。ホメロスの時代、異文化の影響を受けた芸術や文学が生まれ、ギリシャ文化がさらに豊かに発展していった。ホメロスの詩もまた、この時代の多様な影響を受けており、英雄物語の中には、他地域からの話や物語の要素が組み込まれていることがある。

第3章: 『イリアス』—トロイ戦争の英雄譚

トロイ戦争の幕開け

イリアス』は、トロイ戦争の最後の一年間を描いた壮大な物語である。この戦争は、トロイ王子パリスがスパルタ王妃ヘレネを連れ去ったことがきっかけで勃発した。ギリシャ軍はアガメムノンの指導のもと、トロイに攻め込むが、戦争は10年以上続き、どちらも決定的な勝利を得られない。物語は、ギリシャ最大の英雄アキレウスがアガメムノンとの対立から戦いを拒否し、戦局が変化する場面から始まる。この物語は単なる戦争の記録ではなく、愛、裏切り、怒りといった人間の感情を緻密に描き出すことで、読者を深く惹きつける。

アキレウスとヘクトール—宿命の対決

イリアス』の中心には、ギリシャの英雄アキレウスとトロイの勇者ヘクトールの宿命の対決がある。アキレウスは、無敵とされる力を持つが、親友パトロクロスの死に激怒し、戦場に戻る決意をする。一方、ヘクトールはトロイの守護者として、家族を守るために戦い続ける。二人の対決は、戦争全体の象徴であり、彼らが戦場で出会った瞬間、物語は緊張感に包まれる。アキレウスがヘクトールを討つ場面は、『イリアス』の最も壮絶な瞬間の一つであり、戦争の残酷さと人間の儚さを強く印づける。

神々の介入と人間の運命

イリアス』には、々が重要な役割を果たしている。ゼウス、アポロン、アテナなどのオリンポスの々は、人間たちの運命に介入し、戦争の行方を左右する。例えば、アポロンはトロイを支援し、アキレウスの敵であるヘクトールを助けようとするが、最終的には運命に逆らえない。ホメロスの描く々は、単なる超越的存在ではなく、人間と同じく嫉妬や愛情を持つ。彼らが戦争に関与することで、物語はさらに深い哲学的な問いを投げかける。運命とは何か?人間はそれにどう立ち向かうべきか?

戦争の英雄か、それとも悲劇か?

イリアス』は英雄的行為を描く一方で、戦争悲劇性も強調している。アキレウスやヘクトールの勇敢さは称賛されるが、彼らの行動がもたらす結果は、決して輝くものではない。アキレウスがヘクトールを討った後、彼の遺体をトロイに返す場面は、戦争がもたらす破壊と悲しみを象徴している。ホメロスは、戦争の栄を讃えるだけでなく、その裏にある痛みと苦しみをも描いている。英雄譚としての『イリアス』は、同時に戦争の本質を深く問いかける悲劇的な物語でもある。

第4章: 『オデュッセイア』—冒険と帰還の物語

オデュッセウスの果てしない旅路

『オデュッセイア』は、トロイ戦争が終結した後、オデュッセウスが故郷イタカへと帰還するまでの冒険を描いている。だが、この帰還の道のりは決して順風満帆ではない。オデュッセウスは海ポセイドンの怒りを買い、10年間も海をさまようことになる。彼は、恐ろしいキュクロプス、誘惑的なセイレーン、魔女キルケーといった様々な異形の存在と戦いながら、何度も死の危険に晒される。彼の旅は、単なる冒険ではなく、人間の知恵、勇気、忍耐力が試される壮大な試練の物語である。

ペネロペの強さと忠誠

オデュッセウスが長い間不在の間、彼の妻ペネロペは、数多くの求婚者たちに囲まれながらも、彼の帰還を信じて待ち続ける。ペネロペはただ待つだけの存在ではない。彼女は知恵と策略を駆使し、求婚者たちを巧みにかわしていく。特に有名なのが、織物を織るふりをしながら、夜にそれをほどいて時間を稼ぐというエピソードである。ペネロペの忠誠心と強さは、ギリシャ神話における理想的な妻の姿を象徴しており、彼女もまた、オデュッセイアにおける重要な英雄である。

イタカの王子テーレマコスの成長

オデュッセウスが不在の間、息子テーレマコスは父親の影に追いつこうとしながらも、自らの成長を模索する。彼はまだ幼いながらも、父の不在によって家族を守る役割を引き継がなければならない。テーレマコスは、父親を探すためにギリシャ中を旅し、多くの賢者や戦士たちと出会いながら成長していく。この旅は、オデュッセウスの冒険と並行して描かれ、彼が王としての自信をつけていく過程が緻密に描かれている。テーレマコスの物語は、若者が自らの道を見つけ出す成長譚としても読むことができる。

帰還の英雄オデュッセウス

ついに、オデュッセウスはイタカに戻る。しかし、彼の帰還は穏やかなものではない。彼は変装して自分の家に忍び込み、家族を脅かす求婚者たちを一掃する計画を練る。オデュッセウスの帰還は単なる物理的な旅の終わりではなく、彼が再び王としての地位を取り戻すための最終的な試練でもある。この壮絶な復讐劇は、『オデュッセイア』のクライマックスであり、英雄オデュッセウスが再びその知恵と戦術を駆使して勝利を収める場面である。彼の帰還は、家族の絆、忠誠、そして正義の勝利を象徴している。

第5章: ホメロスの叙事詩の特徴と形式

口承文学としてのホメロス

ホメロス叙事詩は、元々は口承文学として語り継がれていた。紀元前8世紀のギリシャでは、文字よりも口頭で伝える文化が一般的であった。吟遊詩人たちはホメロスの詩を、ギリシャ各地で語り、歌い、物語を伝えていった。これにより、ホメロスの作品は時代とともに少しずつ形を変えながらも広がり続けた。彼らは即興的に物語を補完し、詩のリズムを守りながら伝えたのである。このような口承文学の形式が、ホメロス叙事詩に特有の繰り返し表現や、定型的なフレーズの多用につながっている。

ダクテュリック・ヘクサメーターのリズム

ホメロス叙事詩は、特定の詩の形式、ダクテュリック・ヘクサメーターで書かれている。この形式は、1行が6つの韻律の単位で構成され、長と短のリズムが交互に織りなされる。この詩の構造が、叙事詩に独特のリズム感を与えている。この形式は、古代ギリシャの吟遊詩人たちが長い物語を記憶し、暗唱するために非常に役立った。ダクテュリック・ヘクサメーターのリズムが耳に心地よく響き、詩の内容が感情とともに深く心に刻まれる。この韻律が、ホメロスの詩を時を超えて記憶に残るものにしている。

繰り返しの技法と英雄の描写

ホメロス叙事詩では、定型的な表現が頻繁に繰り返される。例えば、英雄アキレウスは「速足のアキレウス」、オデュッセウスは「知恵深いオデュッセウス」といった具合に、固定されたフレーズで何度も登場する。この繰り返しは、口承で伝えられる詩において、物語の流れをスムーズにし、聴衆にとって親しみやすくするための技法である。また、これにより、ホメロスは主要な登場人物を強調し、彼らの個性や特徴を際立たせることができる。繰り返しの技法は、詩のリズムを保つだけでなく、物語全体に統一感を与えている。

ホメロスの詩がもたらす感動

ホメロス叙事詩には、壮大な冒険や激しい戦いだけでなく、深い感動が込められている。英雄たちの勇敢さや苦悩、愛する者たちとの別れ、そして運命に抗う姿が描かれることで、読者は彼らに共感し、物語に引き込まれる。ホメロスは、人間の弱さや感情に焦点を当て、々や運命との対峙を描くことで、単なる物語以上の普遍的なテーマを浮き彫りにしている。この感動的な側面こそが、彼の詩を古代から現代まで人々に愛され続けている理由である。彼の叙事詩は、単なる英雄譚にとどまらず、人間存在の深遠な問いを投げかける作品である。

第6章: ホメロス問題—一人の詩人か、それとも複数の詩人か?

ホメロスの実像—一人の詩人としての視点

ホメロス問題とは、ホメロスが実際に一人の詩人だったのか、または複数の詩人たちによって作られた物語の集成なのかという、長年にわたる学問的な議論である。伝統的な見解では、ホメロスは一人の天才詩人であり、『イリアス』と『オデュッセイア』の両方を書いたとされている。彼が紀元前8世紀頃に活躍したとされ、その作品は古代ギリシャ社会に大きな影響を与えた。しかし、ホメロスの生涯に関する信頼できる記録がほとんど存在しないため、一人の詩人としてのホメロス像は歴史的な憶測に過ぎない。

複数詩人説—異なる声の融合

一方で、多くの学者は、ホメロスの作品が複数の詩人たちの手によって作られた可能性を指摘している。『イリアス』と『オデュッセイア』は、それぞれ異なる作風やテーマを持っており、これが一人の詩人だけではなく、長い年をかけてさまざまな吟遊詩人たちによって作り上げられた結果であるとする説がある。特に、物語に登場する々や英雄の描写の違いがこの議論を支持している。ホメロスの名が象徴するものは、実際にはギリシャ各地で口承文学として発展した複数の物語の集成である可能性もある。

文献学的分析—言語とスタイルの違い

ホメロス問題を解明するために、文献学的な分析が行われてきた。言語やスタイルの変化、詩の中で使用される言い回しの違いなどが注目されている。たとえば、『イリアス』と『オデュッセイア』では、同じテーマや登場人物が描かれるが、言葉遣いや詩のリズムに微妙な違いがあることが指摘されている。このような違いが、作品が異なる時期に異なる人物によって書かれた可能性を示唆している。文献学者たちはこれらの違いをもとに、ホメロスが実在の一人の詩人であったかどうかを探る手がかりを得ようとしている。

ホメロス問題の影響とその意味

ホメロス問題は、単なる学術的な論争にとどまらず、文学史や文化史に深い影響を与えている。この議論は、詩や物語がどのようにして生成され、伝えられてきたかを考えるうえで重要な視点を提供する。もしホメロスが一人の詩人ではなかったとすれば、それはギリシャ文化全体の創造的なプロセスの産物であり、彼の作品は共同作業の結晶であると考えることができる。ホメロス問題は、詩や物語が個人の才能だけでなく、集団的な文化の力によって形成されることを示している。

第7章: ホメロスと古代ギリシャ文化

教育の基盤としてのホメロス

ホメロス叙事詩は、古代ギリシャにおいて教育の基盤であった。『イリアス』と『オデュッセイア』は、単なる物語ではなく、道徳や倫理を教える教材として用いられていた。若者たちはホメロスの詩を暗唱し、その中に描かれた英雄たちの行動から勇気や知恵を学んだ。アテネやスパルタの学校では、ホメロス叙事詩を通して、理想的な市民像や戦士の心得が伝えられた。これにより、彼の詩は教育を受けたすべてのギリシャ人に共通する文化的背景となり、ギリシャ社会全体に深く根ざすことになった。

神話と宗教—神々との対話

ホメロスの詩は、ギリシャの話や宗教に深く根ざしている。ゼウス、アテナ、アポロンなど、オリンポスの々が頻繁に登場し、彼らの行動や決断が人間の運命を左右する。古代ギリシャ人は、々が自分たちの生活に直接関与していると信じており、ホメロス叙事詩はその信仰を強化した。英雄たちはしばしば々に助けを求め、その恩寵によって勝利を収める。ホメロスの作品を通じて、ギリシャ人は々への信仰を確認し、自らの行動を々の意志と調和させるべきであるという教訓を得た。

政治と道徳の教訓

ホメロス叙事詩には、政治的な教訓や道徳的な指針も数多く含まれている。アガメムノンやオデュッセウスのようなリーダーたちの決断や行動は、支配者としての責任や権力の使い方に関する重要なメッセージを伝えている。たとえば、アガメムノンの傲慢さや自己中心的な行動が戦争における悲劇を招く一方で、オデュッセウスの知恵や忍耐力は、逆境に打ち勝つための手本となる。これらの物語を通して、ホメロスは古代ギリシャの市民に対して、正しい統治やリーダーシップの重要性を説いていた。

ホメロスの詩が文化に与えた影響

ホメロス叙事詩は、文学だけでなく、芸術や劇、哲学など多くの分野に影響を与えた。ギリシャの彫刻や絵画には、ホメロスの描いた英雄たちや々が頻繁に登場し、劇作家たちは彼の物語を舞台で再現した。特にアテネの演劇祭では、ホメロスの詩をもとにした劇が上演され、民衆に感動を与えた。さらに、ソクラテスプラトンのような哲学者たちは、ホメロスの作品を通じて道徳や倫理についての議論を展開した。こうして、ホメロスの詩は古代ギリシャ文化のあらゆる側面に浸透し、後の西洋文明にも影響を及ぼした。

第8章: ホメロスの遺産—ローマからルネサンスまで

ローマ帝国とホメロスの継承

ホメロスの作品は、ギリシャ文明だけでなく、ローマ帝国にも大きな影響を与えた。ローマの詩人たちは、ホメロス叙事詩を手本にして自らの作品を創作した。特に有名なのが、ウェルギリウスの『アエネーイス』である。『アエネーイス』は、ホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』にインスピレーションを受けて書かれ、トロイ戦争後の英雄アイネイアスの冒険を描いている。ローマの詩人たちはホメロスを崇敬し、その英雄像や話的な世界観を自らの文学に取り入れることで、ローマ人にとっての理想的な人物像を描き出した。

中世におけるホメロスの再発見

西ローマ帝国が崩壊し、ヨーロッパ中世の時代に突入すると、ホメロスの作品は一時的に忘れ去られるかに見えた。しかし、東ローマ帝国、いわゆるビザンティン帝国では、ホメロスの詩が学者や聖職者たちの間で広く読まれ続けていた。彼らはホメロスの作品を写本として保存し、その知識を次の時代へと伝えた。この時期においてホメロスは、単なる英雄譚の作者ではなく、学問的な議論の題材として扱われ、教育や宗教の中でも重要な役割を果たしていた。

ルネサンス時代のホメロス復興

ホメロスの真の復興が訪れたのは、ルネサンス期のヨーロッパである。古典の再評価が行われ、ギリシャやローマの文献が熱心に研究される中で、ホメロス叙事詩も再び脚を浴びた。特に、イタリアやフランスの学者たちは、ホメロスの詩をギリシャ語の原文で読み直し、その豊かな物語性と詩的技法に魅了された。ルネサンス芸術家たちもまた、ホメロスの英雄や々を題材にした作品を多く生み出し、彼の詩は芸術や文学の中で新たな生命を得た。

ホメロスの遺産が西洋文明に与えた影響

ホメロスの影響はルネサンス以降の西洋文明に深く根付いている。彼の作品は、近代ヨーロッパ教育や文化の中核を成し、多くの作家や哲学者たちにインスピレーションを与え続けた。たとえば、シェイクスピアやダンテ、ミルトンといった文学の巨匠たちは、ホメロス叙事詩から多くを学び、それを自らの作品に反映させた。また、近代の哲学者たちも、ホメロスの英雄たちが直面する道徳的な問いや運命への挑戦に興味を抱き、そのテーマを現代的な文脈で再解釈してきた。ホメロスの遺産は今もなお、生き続けている。

第9章: ホメロスと西洋文学

シェイクスピアとホメロスの交差点

ウィリアム・シェイクスピアは、ホメロスの影響を強く受けた一人である。彼の戯曲には、ホメロス叙事詩と同じく、運命に挑む英雄たちや、複雑な人間関係が描かれている。『トロイラスとクレシダ』では、トロイ戦争が舞台となり、シェイクスピアはホメロスの描いた英雄たちに新たな解釈を加えた。シェイクスピアの作品は、ホメロスの壮大な物語を新しい形で蘇らせ、イギリス文学における話的な要素を強化した。ホメロスの英雄像が、シェイクスピアの人物像にどのように影響を与えたかを探ると、二人の作家の作品がいかに深く結びついているかが見えてくる。

ジェイムズ・ジョイスとホメロスの『オデュッセイア』

20世紀の文学において、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』ほどホメロスの影響を明確に受けた作品はない。ジョイスは『オデュッセイア』の構造を巧みに再解釈し、現代のダブリンを舞台にした日常の物語に変えた。レオポルド・ブルームという普通の男が、オデュッセウスに重ねられ、彼の日常が英雄の冒険になぞらえられることで、現代人の葛藤や孤独が浮き彫りにされる。ホメロスの古代の物語が、どのようにして現代文学の傑作に変容したのか、その過程は文学史において特筆すべきものである。

現代文学に生きるホメロスの影響

ホメロスの影響は、現代文学においても色濃く残っている。多くの作家が、ホメロス叙事詩を引用したり、再解釈したりすることで、自らの作品に深みを与えている。たとえば、マーガレット・アトウッドの『ペネロピアド』は、『オデュッセイア』をペネロペの視点から描き直すことで、古典文学を現代的な視点で再構築している。ホメロスの物語は、時代を超えて現代の作家たちに新たなインスピレーションを与え続けており、そのテーマや登場人物は、現代社会においても普遍的なメッセージを伝えている。

ホメロスと映画—スクリーン上の叙事詩

ホメロスの影響は、映画の世界にも及んでいる。『トロイ』や『オデッセイ』などの映画作品は、ホメロス叙事詩を原作とし、壮大なビジュアルで彼の物語を再現している。これらの映画は、ホメロスの作品を視覚的に表現することで、新しい世代の観客に彼の物語を伝えている。映画監督たちは、ホメロス叙事詩を現代的な感性で再解釈し、壮大な物語の魅力をスクリーン上で蘇らせている。ホメロスの遺産は、文学だけでなく、視覚芸術にも強い影響を与え続けている。

第10章: ホメロスの現代的再解釈と新たな視点

フェミニズム批評によるホメロスの再発見

近年、ホメロス叙事詩フェミニズムの視点から新たに解釈されている。『イリアス』や『オデュッセイア』の中で描かれる女性たちは、伝統的には英雄の傍らにある存在と見なされていた。しかし、現代のフェミニスト批評家たちは、ペネロペやヘレネ、カリプソといった女性キャラクターに注目し、彼女たちの行動や役割が物語にどれほど重要であるかを再評価している。ペネロペの知恵や、カリプソの力強さは、単なる背景ではなく、物語の中心に影響を与える力を持つ存在として描かれている。

ポストコロニアル批評—帝国と征服の視点から見るホメロス

ホメロスの作品は、ポストコロニアル批評の視点からも分析されている。トロイ戦争やオデュッセウスの冒険は、帝国主義や植民地主義のメタファーとして再解釈されている。ギリシャ軍がトロイを征服する過程や、オデュッセウスが異文化と出会い、時にそれを征服しようとする物語の側面は、植民地支配と類似するものがあるとされている。こうした視点からホメロスを読むと、古代の英雄たちが直面した困難が、現代の政治的・文化的課題とどう共鳴しているかが明らかになる。

現代社会におけるホメロスの普遍性

ホメロス叙事詩は、現代社会においてもその普遍性を保ち続けている。『イリアス』の中で描かれる戦争や復讐、『オデュッセイア』の旅と帰還といったテーマは、現代の人々にも強い共感を呼び起こす。特に、戦争の悲惨さや家族との絆に焦点を当てた物語は、時代を超えて共通の感情を呼び起こす。現代の戦争難民問題など、ホメロス叙事詩に登場するテーマは、今でも私たちの現実に直結している。これにより、ホメロスは現代でも変わらぬ価値を持ち続けている。

新しいメディアにおけるホメロスの復活

ホメロス叙事詩は、新しいメディアにおいても再解釈され続けている。映画やテレビドラマ、さらにはビデオゲームなど、さまざまなメディアでホメロスの物語が再び語られている。たとえば、現代の映画は、ホメロスの作品をもとにした壮大な物語を視覚的に再現し、若い世代にもアピールしている。さらに、ビデオゲームの中では、プレイヤーがオデュッセウスやアキレウスの役割を体験し、彼らの冒険を自らの手で進めることができる。こうした新しいメディアでの再解釈は、ホメロスの物語がどれほど柔軟であり、現代のテクノロジーとも親和性が高いことを示している。