第1章: ギルガメシュ叙事詩の発見
失われた叙事詩の再発見
19世紀半ば、考古学者たちはメソポタミアの古代都市ニネヴェの発掘を進めていた。ここで、イギリスの考古学者オースティン・ヘンリー・レイヤードは、アッシリアの王アッシュールバニパルの図書館から数千枚の粘土板を発見した。これらの粘土板の中に、驚くべき発見が待っていた。シュメール語で書かれたギルガメシュ叙事詩である。当初、粘土板は断片的で、完全な物語を再現するには至らなかったが、これが後にギルガメシュの冒険と苦悩を描いた最古の叙事詩であることが判明した。粘土板が解読されるに連れて、ギルガメシュの物語は再び世に現れ、古代メソポタミアの文化と思想を知るための貴重な資料となった。
ニネヴェの図書館とアッシュールバニパル
ギルガメシュ叙事詩が保存されていたアッシュールバニパルの図書館は、古代の知識の宝庫であった。アッシュールバニパルは紀元前7世紀のアッシリア帝国最後の偉大な王であり、彼の統治下でこの図書館は世界中の文献を収集した。シュメール語やアッカド語で書かれた歴史書、神話、宗教文書などがここに集められた。ギルガメシュ叙事詩もその一部であり、彼の知識欲がなければ今日に伝わることはなかったかもしれない。この図書館は、ギルガメシュ叙事詩だけでなく、メソポタミア全体の歴史や文化を理解するための鍵となる場所であった。
粘土板の解読と物語の復元
粘土板の発見後、ギルガメシュ叙事詩の解読は大きな挑戦であった。最初に解読に成功したのは、英国の学者ジョージ・スミスである。彼は粘土板の破片を組み合わせ、物語の全貌を明らかにした。彼の努力により、ギルガメシュが不死を求めて旅をし、神々と戦い、最後に自分の限界を受け入れるという壮大な物語が再び世に知られることとなった。この発見は、古代メソポタミアの神話や宗教観を理解する上で極めて重要であり、学界に衝撃を与えた。スミスの功績は、ギルガメシュ叙事詩を現代に伝える上で欠かせないものである。
ギルガメシュ叙事詩の重要性
ギルガメシュ叙事詩の発見は、単なる文学作品の発掘に留まらない。この叙事詩は、人類の最古の文学作品として、古代の価値観、倫理観、そして人間の本質に対する洞察を提供する。ギルガメシュが直面した友情、不死の追求、そして最終的に死を受け入れる姿は、現代においても普遍的なテーマである。ギルガメシュ叙事詩の物語は、古代メソポタミアの宗教的信念や社会構造を反映し、その時代の人々がどのように生き、死と向き合っていたのかを理解するための重要な資料である。この叙事詩は、歴史的な重要性だけでなく、今日でも多くの人々に影響を与え続けている。
第2章: 古代メソポタミアの世界
メソポタミア文明の誕生
メソポタミアは、「川の間の土地」を意味し、ティグリス川とユーフラテス川の間に位置する肥沃な地域である。この地は、世界最古の文明が誕生した場所として知られている。紀元前4000年頃、ここにシュメール人が定住し、最初の都市国家を築いた。ウルク、ウル、ラガシュといった都市が次々に誕生し、これらの都市は高度な農業技術と灌漑システムを発展させた。特にウルクは、ギルガメシュの伝説と深い関わりがあり、この都市の成長はギルガメシュの物語においても重要な役割を果たす。都市国家の誕生は、政治、宗教、文化の発展を促し、後のメソポタミア文明全体の基盤を築いた。
ウルク市の繁栄
ウルクは、メソポタミア最大の都市の一つであり、ギルガメシュの物語の舞台となる場所である。紀元前3000年頃には、ウルクの人口は5万人を超え、巨大な城壁や壮大な寺院が建設された。特に有名なのは、イアナ神殿である。この神殿は、愛と戦いの女神イナンナを祀るものであり、都市の中心的存在であった。ウルクの繁栄は、交易や農業の発展に支えられ、周辺地域との交流が盛んであった。ウルクはまた、楔形文字が発明された場所としても知られ、文字の発明がギルガメシュ叙事詩のような文学作品の記録を可能にした。この都市は、古代メソポタミアの文化と歴史を象徴する場所である。
社会と政治の構造
古代メソポタミアの社会は、階級社会であり、王、貴族、神官、平民、奴隷という階級が存在していた。ギルガメシュは、ウルクの王として、神々から半神半人の力を授かった存在とされるが、彼の統治は強力であり、時には苛烈であった。社会全体は宗教と密接に結びついており、王は神々の代理人として統治を行った。ウルクの神殿は、宗教的中心地であると同時に、経済や行政の中心でもあった。神官たちは、宗教儀式を執り行うだけでなく、都市の運営にも深く関与していた。こうした社会構造は、ギルガメシュの物語にも色濃く反映されており、彼の王としての役割を理解する上で重要である。
神話と宗教の影響
古代メソポタミアの人々にとって、神々は日常生活のすべてを支配する存在であった。彼らは、自然現象や災害を神々の意志として解釈し、神々の怒りを鎮めるための儀式を行った。ギルガメシュ叙事詩に登場する神々も、この宗教的背景に基づいており、特にイナンナ、シャマシュ、エンリルといった神々が重要な役割を果たしている。彼らの力は絶大であり、ギルガメシュの運命も神々の手に委ねられていた。神話と宗教は、メソポタミアの文化と密接に結びついており、ギルガメシュの物語を理解するためには、この宗教的な背景を知ることが不可欠である。ギルガメシュ自身も、神々との関わりの中で成長し、彼の運命が形作られていった。
第3章: ギルガメシュ王としての実像
伝説の王の実在性
ギルガメシュは、ウルクの王として伝説的な人物であるが、彼が実在したかどうかについては長らく議論が続いている。シュメール王名表には、ギルガメシュがウルクの第五代王として約126年間統治したと記録されているが、これは当然ながら誇張されたものである。しかし、考古学者たちは、彼の存在を裏付ける証拠として、ウルク市の遺跡や他のシュメール都市からの文献を発見している。これらの証拠は、ギルガメシュが実際に存在し、その治世が後の世代に多大な影響を与えた可能性を示唆している。伝説と史実が交錯するこのギルガメシュの存在は、古代メソポタミアの歴史を探る上で欠かせないテーマである。
神話と歴史の交差点
ギルガメシュの物語は、彼を半神半人として描く。これは、彼の母親である女神ニンスンと人間の父親ルガルバンダとの間に生まれたことに由来する。このような神話的要素は、古代メソポタミアの宗教的信仰を反映している。しかし、彼の治世や都市建設の事績は、歴史的事実に基づいている可能性がある。ウルクの城壁の建設や、周辺地域への遠征など、彼の伝説は実際の歴史的出来事と結びついている。ギルガメシュの物語が、どのようにして現実の歴史と結びつき、どのようにして後世に伝えられたのかを理解することは、古代メソポタミア文明を理解する上で重要である。
英雄の王としての姿
ギルガメシュは、その強大な力と知恵で知られる王であったが、同時にその統治は苛烈であったとされる。彼の治世初期には、ウルクの民衆が彼の圧政に苦しみ、神々に助けを求めたという逸話が残されている。これがきっかけで神々はエンキドゥを創造し、ギルガメシュと対峙させる。しかし、ギルガメシュはただの暴君ではなく、エンキドゥとの友情を通じて変わり始める。彼はその後、賢明な王としてウルクを治めるようになり、都市を繁栄へと導いた。彼の成長と変革は、ギルガメシュ叙事詩の中心的なテーマであり、英雄としての彼の姿を際立たせている。
歴史に残る足跡
ギルガメシュの存在は、ウルクの歴史と切り離せないものである。彼の治世下でウルクはメソポタミアの中心的な都市の一つとなり、その影響力は後世にも続いた。考古学的な証拠や文献資料は、ギルガメシュがどのようにしてウルクを繁栄させ、その後のシュメール文化に影響を与えたかを示している。彼の名前は、後の時代にも語り継がれ、メソポタミア全体で英雄視された。ギルガメシュが遺した足跡は、単なる伝説を超え、実在の人物としての存在感を持ち続けている。それが彼の物語が、何千年もの時を経てもなお、人々の心に響く理由である。
第4章: 友情と成長の物語
出会いの衝撃
ギルガメシュとエンキドゥの出会いは、まさに運命的なものであった。ウルクの民がギルガメシュの圧政に苦しみ、神々に助けを求めたことから始まる。神々は彼に対抗するため、野生児エンキドゥを創り出した。エンキドゥは人間と自然の中間に位置する存在で、野生の動物たちと共に生きていた。初めての対決で、二人は互いの強さを認め合い、やがて深い友情を築く。彼らの出会いは、ギルガメシュにとって単なる力の競い合いを超えたものであり、自らの行動を見つめ直す契機となった。この友情がギルガメシュを変える最初の一歩である。
友情の試練
友情を育む中で、ギルガメシュとエンキドゥは数々の冒険に挑む。最も象徴的なのは、二人で森の守護者フンババを倒す冒険である。この試練は、彼らの友情をさらに深め、互いに信頼し合う関係を築くことにつながった。しかし、この冒険はただの勝利ではなく、彼らにとって重要な成長の瞬間であった。フンババを討ち取った後、ギルガメシュは初めて自分の行為が神々にどう映るのかを考えるようになる。エンキドゥとの友情を通じて、ギルガメシュは自己中心的な王から、他者を思いやるリーダーへと変わり始めたのである。
永遠の別れ
エンキドゥの死は、ギルガメシュにとって最大の試練であった。二人の友情が深まる中、エンキドゥは神々の怒りを買い、病に倒れる。彼の死はギルガメシュに深い悲しみを与えたが、それ以上に自分の限界を痛感させた。この経験を通じて、ギルガメシュは初めて「死」という避けられない運命に直面する。エンキドゥの死はギルガメシュを根底から揺さぶり、不死を求める旅へと駆り立てる原動力となる。友情の喪失は、彼に人間の本質を深く考えさせる契機となり、ギルガメシュの成長を加速させた。
成長の果てに
エンキドゥとの出会いと別れを通じて、ギルガメシュは大きく成長する。彼はかつての独裁的な王から、より思慮深く、共感力のあるリーダーへと変貌を遂げた。彼の成長は、ただ力を求めるだけの存在から、人間としての限界を受け入れる成熟した人物へと進化する過程を象徴している。この章で描かれる友情と成長の物語は、ギルガメシュ叙事詩の中核を成しており、読者に人間関係や成長の意味について深く考えさせる。エンキドゥとの絆は、ギルガメシュの生涯において最も重要な影響を与えたものであり、彼の人間性を形成した要素である。
第5章: 不死を求める旅
永遠の命への渇望
エンキドゥの死によってギルガメシュは初めて、死という避けられない現実に直面した。彼は友人の喪失に深く傷つき、死の恐怖に囚われるようになる。これをきっかけに、ギルガメシュは不死を求める旅に出る決意を固めた。彼にとって、この旅は単なる冒険ではなく、自らの運命を覆すための戦いであった。ギルガメシュは、死を克服し永遠の命を手に入れる方法を見つけることで、自分とエンキドゥの魂を永遠に救うことができると信じていた。この旅は、彼の人間性と王としての責任に深く根ざしたものであり、ギルガメシュの物語における重要な転換点である。
不死の鍵を握る者
ギルガメシュは、不死の秘密を知るとされる賢者ウトナピシュティムを探し求めて旅を続けた。ウトナピシュティムは、洪水の神話で有名な人物であり、神々から不死を授けられた唯一の人間であった。彼の知識がギルガメシュにとって最後の希望であったが、彼に辿り着くまでの道のりは険しく、多くの試練が待ち受けていた。ギルガメシュは、果てしない荒野を越え、死の谷を通り抜け、絶望と孤独に打ち勝たなければならなかった。この旅路は、ギルガメシュの内面的な成長を象徴しており、彼の決意と執念が試される場面であった。
神々との対話
ついにウトナピシュティムと出会ったギルガメシュは、神々の意図と不死の本質について学ぶこととなった。ウトナピシュティムは、かつて神々が人類を滅ぼそうとした大洪水から自分を救った経緯を語り、神々からの贈り物として不死を授かったことを明かした。しかし、ギルガメシュに対しては、不死が全ての人間に与えられるものではないことを告げる。神々は、人間に限りある命を与え、その中での充実を追求させることを望んでいた。ギルガメシュは、神々の試練を受け入れ、悟りを得ることで、初めて自らの旅の本当の意味に気づき始めるのである。
失われた不死
ウトナピシュティムは、ギルガメシュに不死を得るための最後の試練を与えた。それは、海底に沈む神秘の植物を見つけ出すことであった。ギルガメシュは必死にその植物を手に入れたが、帰路で一瞬の隙を突かれ、蛇にその植物を奪われてしまう。この出来事は、ギルガメシュにとって大きな挫折であり、不死を手に入れるという彼の夢が儚くも消え去った瞬間であった。しかし、同時にこの体験がギルガメシュに新たな悟りをもたらした。彼は、限りある命の中でこそ真の価値が見出されることを理解し、再びウルクへと帰還する決意を固める。彼の旅は失敗に終わったが、そこで得た教訓は彼の人生に新たな意味を与えた。
第6章: 叙事詩の構造と象徴
物語の構成美
ギルガメシュ叙事詩は、その巧妙な構成によって読む者を引き込む。叙事詩は11の粘土板に分かれ、それぞれが物語の異なる側面を描いているが、全体として一貫したテーマとメッセージを伝える。物語は、ギルガメシュの王としての成長、不死を求める旅、そして最終的な悟りという流れに沿って進行する。このような構造は、読者がギルガメシュの内面の変化を追体験できるように設計されている。各エピソードが独立していながらも、全体として一つの統一された物語を形成しており、古代の物語作家たちの優れた技巧を示している。
象徴の力
叙事詩には、多くの象徴が散りばめられており、それぞれが深い意味を持つ。例えば、ウルクの城壁はギルガメシュの力と権威を象徴しているが、同時に彼の孤独と内面的な葛藤を反映している。また、エンキドゥとの友情は、単なる友情を超えて、ギルガメシュが人間としての限界を理解するための鏡となっている。不死を求める旅もまた、人間の欲望と無常を象徴しており、最終的に得られる悟りは、限りある命の中での成長と知恵を示唆している。これらの象徴は、叙事詩を単なる物語以上のものにし、読者に深い洞察を与える。
反復とリズム
叙事詩の中で用いられる反復やリズムは、物語の語り口を強化し、記憶に残りやすいものにしている。例えば、ギルガメシュの旅の途中で繰り返される問いかけや、エンキドゥの死に際しての悲しみの描写は、物語の緊張感を高める効果を持つ。こうした反復は、古代の口承文化において、物語をより多くの人々に伝えるための重要な技法であった。リズムや音の繰り返しが、叙事詩に特有の詩的な美しさを与えており、物語のメッセージをより強く、印象深く伝える役割を果たしている。
結末の象徴性
叙事詩の結末は、ギルガメシュがウルクに戻り、自分の限界を受け入れることで締めくくられる。この結末は、彼が求めていた不死とは異なるが、より深い意味を持っている。ギルガメシュは、ウルクの城壁を見つめ、自らの遺産が永遠に続くことを理解する。この場面は、彼の成長と成熟を象徴しており、限りある命の中での充実した生き方を示している。物語全体を通じて描かれてきたテーマが、この結末で見事に集約され、読者に強い感動を与える。叙事詩の結末は、人生の真の意味について考えさせる、深い哲学的なメッセージを持っている。
第7章: 叙事詩の結末とその意味
悟りの瞬間
ギルガメシュ叙事詩の結末において、ギルガメシュは長い旅を経て故郷ウルクに戻る。彼が最初に目にしたのは、ウルクの壮大な城壁であった。この瞬間、ギルガメシュは自らの限界と人間としての死を受け入れる悟りに至る。彼は不死を追い求めたが、その追求の果てに見出したのは、永遠に続くものは自身ではなく、自らが築いた都市とその遺産であるということだった。この瞬間の悟りは、ギルガメシュが英雄から一人の成熟した人間へと成長したことを象徴しており、叙事詩全体を通じた彼の精神的な旅路の最終章である。
城壁の象徴
ギルガメシュが見つめるウルクの城壁は、彼の治世の象徴であると同時に、彼が追い求めていた永遠の象徴でもある。これまでの旅で、ギルガメシュは自分自身の不死を望んでいたが、結局彼が築いたものこそが永遠であることに気づく。ウルクの城壁は、彼が民と共に築いたものであり、彼の統治の成果として後世に残る。この場面は、ギルガメシュが自らの功績を通じて不滅の存在となることを受け入れたことを示しており、彼の内面的な成長を強調する。城壁はまた、ギルガメシュが最終的に見出した「不死」の本質を象徴している。
叙事詩の哲学的メッセージ
ギルガメシュ叙事詩は、単なる英雄譚を超えた深い哲学的メッセージを含んでいる。結末でギルガメシュが悟るのは、死を避けることはできないが、限りある命の中で何を成すかが重要であるということである。このテーマは、古代メソポタミアの人々が持っていた人生観や死生観を反映している。彼らは、死後に残るものは自らの行為とその影響であり、これが真の「不死」であると考えていた。ギルガメシュ叙事詩は、読者に限りある命をどう生きるべきか、どのように後世に自らの遺産を残すべきかを問いかけているのである。
永遠の物語
ギルガメシュ叙事詩の結末は、物語が完結するだけでなく、その後も読み継がれていくことを暗示している。ギルガメシュが築いたウルクの城壁は、彼の遺産として未来永劫に伝えられ、彼自身の物語もまた人々の記憶に刻まれる。この物語が何千年もの間、様々な文化や世代を超えて語り継がれてきたこと自体が、叙事詩の持つ永遠性を示している。ギルガメシュの旅と悟りは、現代に生きる私たちにも深い教訓を与えており、その普遍的なメッセージは時代を超えて輝き続けている。叙事詩の結末は、新たな始まりを示すとともに、物語が持つ永遠の力を証明している。
第8章: ギルガメシュ叙事詩と宗教
神々との関係
ギルガメシュ叙事詩の物語は、古代メソポタミアの宗教観を深く反映している。ギルガメシュ自身が半神半人であり、神々との直接的な関わりを持つことからもわかるように、神々は物語の中で非常に重要な役割を果たしている。神々は人間の運命を支配し、彼らの意志によってギルガメシュの運命が大きく揺さぶられる。例えば、エンキドゥの創造や、ギルガメシュが冒険で出会う試練の多くは神々の意志によるものである。これにより、古代の人々がどれほど神々の存在を身近に感じ、その意志に従って生きていたかが理解できる。
イナンナとシャマシュの影響
イナンナ（愛と戦いの女神）とシャマシュ（太陽神）は、特にギルガメシュ叙事詩において重要な役割を果たしている。イナンナはギルガメシュに恋心を抱くが、彼が拒絶したことで物語に波乱をもたらす。一方、シャマシュはギルガメシュの保護者として、彼が冒険に出る際に道を照らし、彼の成功を支える。これらの神々は、単なる背景の存在ではなく、ギルガメシュの行動や選択に直接的な影響を与える。これにより、メソポタミアの神々がどれほど人々の生活に深く関わっていたかが明確に示されている。
宗教儀式と崇拝
古代メソポタミアでは、神々への崇拝と儀式が日常生活の中心に位置していた。ギルガメシュ叙事詩にも、祭儀や供物のシーンが頻繁に登場する。例えば、ギルガメシュが旅立つ前にシャマシュに祈りを捧げる場面や、エンキドゥが神々の怒りを鎮めるために祈る場面がその一例である。これらの描写は、当時の人々がどのようにして神々と関わりを持ち、神々の恩寵を得ようとしていたかを示している。神々への献身と畏敬の念は、彼らが安心して生活を営むための不可欠な要素であった。
死後の世界と神々の審判
ギルガメシュ叙事詩には、死後の世界に関する描写も含まれている。エンキドゥの死を通じて、死後の世界がどのようなものであるか、また死後に神々の審判を受けることがどれほど恐ろしいことであったかが描かれる。古代メソポタミアの人々にとって、死後の世界は神々によって支配される暗く冷たい場所であり、そこでの生活は地上のものとは大きく異なっていた。この描写は、古代メソポタミアの宗教観が死後の世界に対してどのような見解を持っていたのかを示し、また彼らがどれほど神々の審判を恐れていたかを物語っている。
第9章: ギルガメシュ叙事詩の受容と影響
古代から中世への影響
ギルガメシュ叙事詩は、古代メソポタミアだけでなく、その後の文化や文明にも大きな影響を与えた。この叙事詩は、アッシリアやバビロニアなどの後続の文明でも読み継がれ、神話や宗教、さらには王権の正当性に関する考え方に影響を与えた。例えば、バビロニアの王たちは、ギルガメシュを理想的な王のモデルとして崇拝し、自らの統治においてもその教訓を取り入れようとした。また、叙事詩の物語構造やテーマは、他の古代文学作品にも影響を与え、英雄譚のプロトタイプとなった。このように、ギルガメシュ叙事詩は、古代から中世にかけての文化と思想に深く根付いている。
近代における再発見
19世紀に入り、ギルガメシュ叙事詩は再び世界の注目を集めることとなった。考古学者たちがメソポタミアの遺跡を発掘し、この古代の物語を再発見したことで、学術的な研究が活発に行われるようになった。特にイギリスの学者ジョージ・スミスが粘土板を解読し、叙事詩の内容を公表したことで、世界中の文学や歴史研究に新たな道が開かれた。この再発見は、古代の人々がどのように生き、どのように死を捉えていたかを理解するための貴重な手がかりとなり、近代の学問においてギルガメシュ叙事詩は重要な位置を占めることとなった。
現代文学とギルガメシュ
現代文学においても、ギルガメシュ叙事詩の影響は色濃く残っている。この叙事詩が描く普遍的なテーマである「友情」「死の受容」「人間の限界」などは、現代の作家たちにもインスピレーションを与え続けている。例えば、20世紀の詩人や小説家たちは、ギルガメシュの物語を引用したり、それをもとに新たな作品を創作したりしてきた。また、映画や演劇、漫画といった多様なメディアでも、この叙事詩のテーマが取り上げられており、ギルガメシュの物語は依然として多くの人々に愛され、再解釈され続けている。
教育と文化における位置付け
現在、ギルガメシュ叙事詩は、文学や歴史教育の中で重要な役割を果たしている。多くの高校や大学でこの叙事詩が教材として使用されており、古代メソポタミアの文化や宗教を理解するための入口として利用されている。また、叙事詩に描かれたテーマが持つ普遍性は、異なる文化や時代を超えてもなお共感を呼び起こし、多くの人々にとって価値ある学びを提供している。ギルガメシュ叙事詩は、古代の知恵と教訓が現代に生き続ける証であり、その影響力は今後も広がり続けるだろう。
第10章: ギルガメシュの現代的意義
永遠のテーマとしての「死と不死」
ギルガメシュ叙事詩の中心テーマである「死と不死」は、古代から現代まで多くの人々を魅了し続けている。ギルガメシュが不死を求めて旅する姿は、誰もが一度は考える「死後の世界」や「永遠の命」という概念と結びついている。このテーマは、科学技術の進歩によってさらに重要性を増している。現代においても、人々は不老不死や寿命の延長を追求しており、ギルガメシュの物語はそうした探求の原点として共感を呼んでいる。彼の旅とその結末は、死が避けられない運命であることを受け入れつつ、有限の時間をどう生きるべきかを問いかけている。
現代社会におけるリーダーシップの教訓
ギルガメシュ叙事詩は、リーダーシップのあり方についても深い洞察を提供している。ギルガメシュは、当初は苛烈な独裁者であったが、エンキドゥとの友情や旅を通じて、より思慮深く、民を導く王へと成長する。この変化は、現代のリーダーたちにも重要な教訓を与えている。権力や支配だけでなく、共感や自己反省が真のリーダーシップには不可欠であることを示している。ギルガメシュの物語は、現代社会においても、リーダーが自らの行動を省みて成長する過程がいかに重要かを示すものとして読み継がれている。
グローバルな文化への影響
ギルガメシュ叙事詩は、その内容が多くの文化で取り入れられ、再解釈されてきた。特に、友情や冒険、不死の探求といった普遍的なテーマは、さまざまなメディアで表現されている。映画、文学、漫画、ゲームなど、ギルガメシュの物語は多くの形式で現代人の心を捉えている。また、ギルガメシュ叙事詩の影響は、単なるエンターテインメントに留まらず、哲学や倫理学の領域でも議論されている。古代メソポタミアの物語が、時代を超えて現代のグローバルな文化の一部として生き続けていることは、叙事詩の持つ力を如実に示している。
教育と知識の伝承
ギルガメシュ叙事詩は、教育の場においてもその価値を見出されている。多くの学校でこの叙事詩が教材として用いられ、古代の文化や歴史、文学の理解を深める手段として活用されている。また、この叙事詩を通じて、若い世代が人間の本質や倫理的な問題に対する考えを深めることができる。ギルガメシュの物語は、古代の知識を現代に伝える重要な役割を果たしており、その教訓は今もなお有効である。教育を通じて、ギルガメシュ叙事詩の知識と教訓が次の世代にも伝承され続けることで、この物語は永遠に生き続けるだろう。