免疫系

第1章: 免疫系の起源と初期の概念

神々と医者たちの世界

古代文明の人々は、病気を々の怒りや悪霊の仕業と考えていた。エジプトパピルスやギリシャのヒポクラテス医学書には、病気の原因として聖な力が記されている。しかし、それだけではなく、自然の治癒力という考えも芽生えていた。エジプトの医者たちは、アーモンドオイルや蜂蜜などの自然の成分を使い、体が病気と戦う力を支援していた。このように、自然の力が健康を守るという概念が古代から存在していたのである。それは現代の免疫系の原始的な理解ともいえる。この時代の人々は、まだ微生物の存在を知らなかったが、病気に対する体の反応が何かしらの防御メカニズムであることを直感的に理解していたのだ。

奇跡の牛、天然痘と戦う

18世紀イギリスのエドワード・ジェンナーが、免疫系の歴史に革命をもたらす発見をした。彼は農民たちが牛痘に感染した後、天然痘にかかりにくくなることに気づいた。これがワクチンの発明に繋がった。ジェンナーは1796年、牛痘に感染した乳搾り女の手から取り出したウイルスを、少年ジェームズ・フィップスに接種した。数週間後、少年が天然痘にかからなかったことから、ジェンナーはワクチンの効果を証明した。この発見は当時の医療界に驚きをもたらし、人類が初めて病気を防ぐ手段を手に入れた瞬間であった。彼の研究は免疫学という新たな学問の基礎を築いた。

見えざる敵との戦い

19世紀、ルイ・パスツールとロベルト・コッホが細菌学の基礎を確立した。彼らは、目に見えない微生物が多くの病気の原因であることを発見した。パスツールはワクチンの研究を続け、狂病ワクチンを開発し、感染症に対する防御策を広げた。一方、コッホは結核菌やコレラ菌を発見し、感染症の正体を明らかにした。これにより、免疫系が微生物と戦う仕組みが徐々に理解され始めた。免疫系は、ただの自然の力ではなく、特定の病原体に対抗するために働く高度な防御機構であることが示され、現代の免疫学の土台が築かれていった。

人間の体内の見えない軍隊

免疫系は、体を守る見えざる軍隊だ。古代人が信じていた々の力とは異なり、私たちの体には自然に備わった複雑な防御メカニズムがある。現代の科学者たちは、免疫系が特定の細胞や分子から構成されていることを発見した。白血球や抗体が病原体と戦い、体を守る。これらの免疫細胞は、体内に侵入した異物を認識し、破壊する役割を果たす。免疫系は、見えざる敵との絶え間ない戦いの中で、私たちの健康を維持しているのである。古代から続くこの戦いは、今もなお私たちの体内で繰り広げられている。

第2章: ワクチンの発見と免疫学の誕生

天然痘との戦い

18世紀後半、ヨーロッパを恐怖に陥れていたのは天然痘であった。この致命的なウイルスは、感染者の多くを死に至らしめ、生存者に深い傷跡を残していた。そんな時、イギリスの農村で奇妙な噂が広がっていた。牛痘にかかった乳搾り女たちは、天然痘にかからないというのだ。医師エドワード・ジェンナーは、この現に強い興味を持った。彼は実験を行い、牛痘を接種した人々が天然痘に対して免疫を持つことを確認した。この発見は、当時の医療に革命をもたらし、ワクチン接種という新しい治療法の基盤を築いたのだ。ジェンナーの功績により、天然痘は歴史上初めて予防が可能な病気となった。

初のワクチン接種

1796年、ジェンナーは運命の実験を行った。彼は牛痘に感染した乳搾り女の膿を、8歳の少年ジェームズ・フィップスに接種した。この実験は大きなリスクを伴っていたが、ジェンナーは信念を持って挑んだ。接種後、少年は天然痘に対して免疫を獲得し、病気にかからなかった。これは人類史上初の成功したワクチン接種であった。この出来事は医学界に衝撃を与え、ジェンナーは「ワクチンの父」として名を残した。彼の発見は科学医学の進歩を象徴するものとなり、病気を予防する手段が人類の手に渡った瞬間であった。

ワクチンの広がりと抵抗

ジェンナーのワクチンが成功した後も、全ての人がその効果を信じたわけではなかった。19世紀初頭、ヨーロッパ各地でワクチン接種が導入され始めたが、一部の人々はワクチンに対して強い抵抗感を持っていた。特に、接種そのものに不安を感じる人々や宗教的な理由で反対する者たちがいた。しかし、政府や医療専門家は徐々にワクチン接種を普及させ、天然痘の撲滅に向けた努力を続けた。こうしてワクチンは広く受け入れられ、感染症対策としての役割を確立した。人類は、初めて病気を防ぐための科学的手段を手に入れたのである。

免疫学の誕生

ジェンナーの功績により、病気に対する予防の概念が広がったが、免疫の仕組み自体はまだ解明されていなかった。19世紀後半、ルイ・パスツールとロベルト・コッホがこの謎を解き明かす手助けをした。彼らは、病原体がどのように体に侵入し、どのように免疫系が反応するかを科学的に研究した。パスツールはさらに狂病ワクチンを開発し、予防接種の範囲を広げた。こうして、免疫学という新たな学問分野が誕生し、病気の予防と治療のための新しい道が切り開かれていった。

第3章: 免疫の進化: 自然免疫と獲得免疫の理解

目に見えない最前線: 自然免疫の防御

私たちの体は、24時間365日、侵入してくる病原体と戦っている。しかし、その多くの戦いは気づかれることなく、私たちの体の中で行われている。その最前線に立っているのが自然免疫である。自然免疫は、生まれながらにして持っている防御システムであり、侵入してきた病原体にすぐに反応する。皮膚や粘膜といった物理的なバリアから始まり、白血球の一種である好中球やマクロファージが病原体を攻撃する。これらの細胞は特定の病原体に依存せず、あらゆる外敵に立ち向かう。自然免疫は速さが命であり、感染の初期段階での戦いを主導する。まさに、私たちの体を守る「見えない盾」である。

特殊部隊: 獲得免疫の登場

自然免疫が最前線で戦う一方、体内にはもう一つの高度な防御システムが存在する。それが獲得免疫である。獲得免疫は、特定の病原体に対して一度戦った後に記憶を持ち、再度同じ病原体が侵入してきたときにはより強力な防御を行う。この特殊部隊の中心となるのは、T細胞とB細胞である。B細胞は抗体を作り、特定の病原体を攻撃し、T細胞は感染した細胞を破壊する役割を担う。このシステムは時間がかかるが、一度記憶されると強力な防御力を持つ。例えば、麻疹にかかった後は二度とかからないことが多いのは、この獲得免疫のおかげである。

自然免疫と獲得免疫の連携

自然免疫と獲得免疫は、独立して働くわけではなく、絶妙に連携している。感染症が体に侵入した際、自然免疫が即座に反応して病原体の拡散を防ぐ。その後、獲得免疫が時間をかけて適応し、特定の病原体に対して強力な防御を形成する。この連携プレーによって、私たちの体は効率的に病原体を排除し、再び侵入されないように備える。たとえば、インフルエンザウイルスに感染すると、初めは自然免疫がウイルスを攻撃し、その後、獲得免疫が抗体を作り、再度の感染を防ぐ。自然と獲得が力を合わせることで、私たちは多くの感染症から守られているのだ。

戦い続ける免疫系

免疫系は、外敵との戦いだけでなく、自分自身の細胞とも向き合わなければならない。正常な細胞が突然異常をきたすこともある。このとき、免疫系は「自己」と「非自己」を識別し、異常細胞を排除する役割を担う。この働きは、がん細胞の早期発見や除去に役立っている。しかし、免疫系が誤作動し、自己の細胞を攻撃してしまうこともある。これが自己免疫疾患であり、免疫系の力がどれほど繊細なバランスで成り立っているかを物語っている。免疫系は、日々変化し続ける体内の環境に適応しながら、絶えず戦い続けているのだ。

第4章: 抗体の発見とその重要性

偶然の発見から生まれた科学的革命

19世紀後半、免疫の謎が次第に解明され始めていた。そんな時、エミール・フォン・ベーリングと北里柴三郎という二人の科学者が、世界を変える発見をした。彼らは、ジフテリアという恐ろしい病気にかかった動物に注射をし、その動物が病気に耐える力を得ることに成功した。さらに、その動物の血清を他の動物に注射すると、同じように病気から守られたのだ。これが抗体の発見の瞬間であった。彼らの研究により、抗体が病原体に特異的に結合し、体を守ることがわかった。この発見は医学界に大きな影響を与え、後に免疫療法の基礎となった。

抗体のパワー: 特異性と記憶

抗体とは、B細胞が作り出す特殊なタンパク質であり、体内に侵入してきた特定の病原体を見つけ出し、攻撃する。抗体の最大の特徴は、その「特異性」である。抗体は特定の病原体の一部にぴったりと結合し、その病原体を無力化する。この特異性により、抗体は一度体内で作られると、その病原体に対する「記憶」を持つ。これにより、同じ病原体が再び侵入してきたときには、迅速かつ効率的に攻撃できる。この抗体の「記憶」は、ワクチンの効果を持続させる重要な要素であり、私たちの健康を守るための強力な武器となっている。

血清療法と人類の救済

エミール・フォン・ベーリングの発見により、血清療法が生まれた。これは、病気に対して免疫を持つ動物や人間の血清を用いて、他の人々を治療する方法である。この療法は、ジフテリアや破傷風などの致命的な病気の治療に効果を発揮し、多くの命を救った。ベーリングはその功績により、1901年に最初のノーベル生理学・医学賞を受賞した。血清療法は、抗体が病原体に特異的に反応するという免疫学の基本的なメカニズムを利用したものであり、現代の免疫療法や抗体治療の先駆けとなったのである。

抗体治療の未来

現代において、抗体は感染症の治療だけでなく、がん治療にも応用されている。モノクローナル抗体と呼ばれる技術により、特定のがん細胞を標的とした治療が可能となった。これは、がん細胞の表面に存在する特定の分子に対して抗体を作り出し、それを利用してがん細胞を攻撃するというものだ。抗体治療は、がんの進行を遅らせたり、免疫系ががん細胞を認識して攻撃する手助けをする。抗体の発見から始まったこの科学は、今もなお進化を続けており、未来の医療においてさらに重要な役割を果たすことが期待されている。

第5章: 自己免疫疾患の理解

自己免疫の謎

私たちの免疫系は、侵入してくる病原体から体を守るために存在している。しかし、時にはその防御システムが誤作動を起こし、正常な細胞や組織を攻撃してしまうことがある。この現が自己免疫疾患である。この謎の現が初めて明確に認識されたのは20世紀初頭のことであった。医師たちは、リウマチやループスといった病気の患者が、なぜ自分自身の体を攻撃しているのかを理解しようと努めた。自己免疫疾患は、一見すると防御システムの裏切りのように思えるが、それは免疫系が正常に機能していないわけではなく、何らかの理由で誤ったターゲットを選んでいるということなのである。

自己免疫疾患の発見

20世紀に入り、医師たちはリウマチ性関節炎や全身性エリテマトーデス(ループス)などの自己免疫疾患を次々と発見していった。これらの病気は、免疫系が体の一部を敵と見なして攻撃することで起こる。たとえば、リウマチ性関節炎では、免疫系が関節の組織を攻撃し、炎症や痛みを引き起こす。ループスでは、皮膚や臓器が標的となり、全身にさまざまな症状をもたらす。これらの病気は、多くの場合、慢性的であり、完全に治すことが難しい。自己免疫疾患の研究は、免疫系の複雑さとその誤作動の原因を解明するための重要な一歩となった。

自己免疫の仕組み

自己免疫疾患がどのようにして発生するのか、その正確なメカニズムはまだ完全には解明されていない。しかし、遺伝的要因や環境要因が複雑に絡み合っていることがわかっている。例えば、遺伝的に自己免疫疾患にかかりやすい体質を持っている人が、ウイルス感染やストレスなどのトリガーにさらされると、免疫系が誤作動を起こす可能性が高まる。また、ホルモンの変動も関係していることが示唆されており、女性に多く見られる自己免疫疾患も存在する。これらの要因が複雑に絡み合うことで、自己免疫疾患が発症するのである。

治療の進化と未来

自己免疫疾患の治療は、20世紀後半から21世紀にかけて大きな進歩を遂げた。ステロイドや免疫抑制剤といった薬剤が開発され、免疫系の過剰な反応を抑えることで、症状の緩和が可能になった。また、最近ではバイオテクノロジーの進展により、特定の免疫反応をターゲットにした治療法も登場している。自己免疫疾患は完全に治癒することが難しいが、治療法の進化により、多くの患者が症状を管理し、生活の質を向上させることができるようになってきた。未来の医療では、さらに個別化された治療法が開発され、自己免疫疾患に対する理解と治療がさらに進むことが期待されている。

第6章: 感染症と免疫の戦い: 過去から現在まで

黒死病: 中世ヨーロッパを襲った悲劇

14世紀のヨーロッパを襲った黒死病(ペスト)は、免疫系感染症の戦いの象徴的な出来事である。黒死病はわずか数年でヨーロッパの人口の3分の1を奪い去った。この恐怖の伝染病は、ノミを媒介とする細菌が原因であり、当時の人々はその正体を理解していなかった。免疫系は、初めて出会う病原体に対して準備ができておらず、パンデミックは急速に広がったのである。この悲劇は、医療と科学の限界を露呈したが、同時に人々が免疫の力を理解するきっかけともなった。後に、都市の衛生改善や検疫の概念が発展し、免疫学の進歩に繋がったのである。

免疫学の革命: 天然痘撲滅への道

18世紀、天然痘は依然として人類を苦しめる脅威であったが、エドワード・ジェンナーのワクチン発見がその流れを変えた。ジェンナーは、天然痘に似た牛痘に感染した人々が、天然痘に対して免疫を持つことを発見した。彼はこの知識を基に、最初の予防接種を開発し、病気の拡散を食い止める方法を示した。ジェンナーの発見から200年後、WHOは1979年に天然痘の世界的撲滅を宣言した。この成功は、ワクチンの力と免疫系の可能性を証明した歴史的な出来事であり、感染症に対する戦いにおいて大きな勝利となった。

現代の敵: エボラウイルスとの戦い

21世紀に入り、エボラウイルスが西アフリカで猛威を振るった。このウイルスは、致死率が極めて高く、感染者の多くが死亡する恐ろしい病気である。エボラウイルスに対しては、当初、有効な治療法やワクチンがなく、免疫系は未対応の敵に苦しめられた。しかし、科学者たちは免疫学の知識を駆使し、ついにエボラに対するワクチンを開発した。このワクチンにより、エボラウイルスは制御可能となり、人類はまた一つの大きな勝利を収めた。免疫学の進歩は、現代においても感染症との戦いで重要な役割を果たしているのである。

パンデミックと免疫の未来

2020年に世界を震撼させた新型コロナウイルス(COVID-19)は、現代社会における感染症免疫系の重要性を改めて浮き彫りにした。このウイルスに対して、科学者たちは迅速にワクチンを開発し、数多くの命を救った。COVID-19のパンデミックは、免疫系がいかに複雑であり、病原体に対する適応がいかに重要かを示した。未来に向けて、感染症との戦いは続くだろうが、免疫学とワクチン技術の進歩により、より多くの命を守ることが可能であると期待されている。

第7章: 免疫療法の歴史と未来

癌と免疫の未知なる戦場

免疫療法が現れる以前、癌治療の主な手段は外科手術、放射線、そして化学療法であった。しかし、20世紀後半、科学者たちは免疫系が癌細胞と戦う可能性に気づいた。癌は体の細胞が異常な成長を遂げる病気であるが、免疫系はそれを「自己」として認識するため、攻撃しないことが多い。しかし、免疫療法は、この誤認を克服し、免疫系を活性化させて癌細胞を標的にすることを目指す。1970年代に登場したインターフェロンといった免疫刺激剤は、このアプローチの先駆けであり、癌治療の新しい可能性を開いたのである。

免疫チェックポイント阻害剤の登場

免疫療法の進化の中で、免疫チェックポイント阻害剤が大きなブレイクスルーをもたらした。免疫チェックポイントは、免疫系が過剰に働かないようにブレーキをかけるメカニズムであるが、癌細胞はこれを悪用して免疫の攻撃から逃れていた。2010年代、研究者たちはこのブレーキを解除する薬剤を開発し、免疫系が再び癌細胞を攻撃できるようにした。これが「免疫チェックポイント阻害剤」であり、特にメラノーマ(皮膚癌)や肺癌の治療に大きな成功を収めた。この治療法は、従来の治療では効果がなかった患者にも希望をもたらしている。

CAR-T療法: 免疫細胞の改造

免疫療法の進化は止まらない。次に登場したのが「CAR-T療法」である。この革新的な治療法では、患者自身のT細胞を採取し、遺伝子操作を行って癌細胞を攻撃できるように改造する。その後、改造されたT細胞が体内に戻され、癌細胞を積極的に攻撃する。この治療法は、特に血液の癌である白血病やリンパ腫において劇的な効果を示している。CAR-T療法は、個別化医療の一例として、患者ごとに異なる癌細胞に対して特化した治療を可能にし、免疫療法の未来を形作る技術として注目されている。

免疫療法の未来: より精密で強力な治療へ

未来の免疫療法は、さらに精密で強力なものへと進化していくだろう。科学者たちは、癌細胞だけでなく、さまざまな疾患に対する免疫応答を強化する方法を探っている。AI技術やゲノム編集技術の進展により、患者の遺伝情報に基づいて特化した治療法が開発される可能性が高まっている。また、癌に限らず、感染症や自己免疫疾患に対する免疫療法も進化を遂げていくことが予想される。免疫系を最大限に活用することで、医学は新たなフロンティアを切り開いているのである。

第8章: 人工免疫: 未来の挑戦

人工免疫のアイデアの誕生

未来を見据えた科学者たちは、自然免疫系を模倣し、さらに改良する「人工免疫」という新しい概念に挑戦している。人工免疫とは、ナノテクノロジーやバイオエンジニアリングを駆使して、体内に侵入する病原体を検出・排除するシステムを人工的に作り出す試みである。例えば、ナノロボットは血液中を巡回し、ウイルスや癌細胞を探して排除することが可能になると考えられている。こうした技術は、感染症だけでなく、自己免疫疾患や癌の治療にも応用できる可能性があり、今後の医療に革命的な変化をもたらすことが期待されている。

ナノロボットの可能性

ナノロボットは、未来の人工免疫系の中心的な存在として注目されている。これらの超小型ロボットは、血管内を移動し、病原体や癌細胞を発見次第、直接攻撃を加えるように設計されている。ナノロボットは、通常の免疫系が見逃すような小さな異常も検出できるため、従来の治療法では届かない病変部位にも対応することができる。この技術が実現すれば、個別化された治療や、早期発見と即座の治療が可能になり、命にかかわる病気との戦いに新たな武器が加わることになるだろう。

人工免疫系とバイオテクノロジーの融合

人工免疫の進化には、バイオテクノロジーの進展も欠かせない。遺伝子編集技術を利用することで、免疫細胞をより効率的に、より強力に作り変えることができるようになってきている。特にCRISPR技術の発展は、免疫系を操作し、病気に特化した反応を引き起こす可能性を広げた。この技術を応用すれば、従来の治療では難しかった病気や感染症に対する耐性を人工的に強化することが可能となる。バイオテクノロジーと人工免疫の融合が進むことで、未来の医療はさらに高い精度で個別化されるだろう。

人工免疫の倫理的課題

人工免疫の技術進化する中で、倫理的な課題も浮上している。例えば、ナノロボットや遺伝子編集技術を用いることによる安全性の確保や、これらの技術がどのように使用されるべきかという問題である。また、人工免疫を導入することで人間の自然な生理機能がどのように変化するのか、予測がつかない部分もある。さらに、こうした先端医療技術が誰でもアクセスできるものになるのか、それとも限られた人々にしか利用できないものになるのかという社会的な問題も重要である。技術の進展は多くの可能性を秘めているが、その一方で慎重な議論と管理が求められる。

第9章: 免疫と老化: 加齢による変化

若さの防御: 免疫系の絶頂期

若いころ、免疫系はまるで壁の要塞のように働く。ウイルスや細菌が侵入してくると、免疫細胞は素早く反応し、感染を阻止する。この頃の体は、記憶細胞と呼ばれる特別な免疫細胞が病原体の再来を覚えており、過去にかかった病気に対しても強力な防御を張る。しかし、年齢を重ねるにつれて、この防御システムは少しずつその力を失い始める。免疫系が適切に機能するためには、新しい免疫細胞が絶えず作られ続けることが必要であるが、加齢によりその能力が低下していくのである。若さの防御は強力だが、老化とともに少しずつその威力を失う。

免疫の低下: 加齢とともに失われる力

老化に伴い、免疫系は徐々にその機能を失っていく。免疫細胞の生産速度が遅くなるだけでなく、感染に対する反応速度も鈍くなる。これは、風邪やインフルエンザといった日常的な感染症が、高齢者にとって命取りになる可能性が高まる理由の一つである。また、ワクチン接種の効果も若者と比べて低下する。免疫系時間とともに「疲れ」を感じ、適切に新しい脅威に対応する力を失う。結果として、高齢者は感染症に対して脆弱になり、病気から回復するのにも時間がかかるようになるのである。

慢性炎症: サイレントキラーの正体

加齢による免疫系の変化には、もう一つの重要な要素がある。それが「慢性炎症」である。老化した免疫系は、常に低レベルの炎症を引き起こす傾向があり、これが心臓病やアルツハイマー病などの深刻な疾患と関連している。この慢性炎症は「サイレントキラー」とも呼ばれ、日常生活では目に見えない形で体に負担をかけ続ける。慢性炎症は、加齢とともに免疫系が適切に制御できなくなることで生じる。結果として、体は自分自身にダメージを与え続け、老化を加速させてしまうのである。

未来の挑戦: 老化に対抗する免疫強化

免疫系の老化に対抗するため、科学者たちは新しい治療法を模索している。例えば、遺伝子編集技術や免疫細胞の活性化を通じて、老化した免疫系を若返らせる試みが行われている。さらには、食事や運動といったライフスタイルの改善が、免疫機能の維持に役立つことも示唆されている。現代の医療は、免疫系の老化を単なる「避けられない現」と捉えるのではなく、積極的にそのプロセスを遅らせ、健康寿命を延ばすための新しいアプローチを模索し続けている。老化に伴う免疫の低下を克服することは、今後の医学の重要な課題である。

第10章: 未来の免疫系研究: 新しいフロンティア

ゲノム編集が切り開く免疫の未来

21世紀の科学は、ゲノム編集技術によって新しい可能性を手にしている。CRISPR(クリスパー)という画期的な技術により、科学者は免疫系遺伝子レベルで改良することが可能となった。CRISPRは、細胞のDNAを正確に編集することができ、特定の遺伝子を修正したり削除したりすることで、免疫系を強化する。例えば、免疫細胞を遺伝子操作して、特定の病原体に対する耐性を持たせることができるようになる。この技術は、遺伝性の免疫不全や難治性の病気に対する新しい治療法の開発に役立ち、未来の医療を根本から変える可能性を秘めている。

免疫モデリング: コンピュータが描く未来の防御

コンピュータ技術進化により、免疫系をシミュレーションし、理解する方法も進化している。免疫モデリングとは、コンピュータ上で免疫反応を再現し、病気の進行や治療の効果を予測する技術である。これにより、研究者は実験室での複雑な実験をコンピュータ上で行うことができ、効率的に免疫系の働きを解析できるようになった。さらに、AI(人工知能)の力を借りて、膨大なデータを解析し、免疫反応を予測することで、より効果的な治療法を発見する手助けができる。こうした技術は、未来の病気予防と治療の基盤を築くことになる。

ナノテクノロジーと免疫系の融合

ナノテクノロジーの進化も、免疫研究に新しい可能性を提供している。ナノスケールの粒子やロボットは、体内で直接病原体や癌細胞を検出し、排除することができる。これらのナノデバイスは、免疫系と協力して働き、体内の特定の場所で病気を治療することが可能になる。例えば、ナノ粒子に薬剤を搭載し、病気の部分に直接運ぶことで、より効果的かつ副作用の少ない治療が実現する。ナノテクノロジーは、免疫系を強化する新たな道を切り開いており、未来の医療で重要な役割を果たすことが期待されている。

予防医学の未来: ワクチンから全体的な免疫ケアへ

未来免疫系研究は、病気の治療だけでなく、病気の予防にも大きな焦点を当てている。ワクチン技術進化を続けており、より効率的で広範囲に対応するワクチンが開発されている。さらに、予防医学は、免疫系全体をケアし、病気にかかりにくい体を作ることを目指している。例えば、腸内細菌のバランスを整えることや、栄養豊富な食事を摂ることによって、免疫力を高めることができる。未来の医療は、病気にかかってから治療するのではなく、そもそも病気にかからないための免疫系の強化を重視するようになるだろう。