基礎知識
- レコードの起源と技術的進化
エジソンの蓄音機発明(1877年)を起点に、シェルクの円盤式レコード(1887年)、SP盤、LP盤、EP盤といった主要フォーマットの発展を経て、アナログからデジタル時代への移行が進んだ。 - レコード産業と音楽文化の関係
レコードの登場は音楽の商業化を加速させ、ジャズ、ロック、クラシックなどの普及を支え、特に1950年代以降のポピュラーミュージックの形成に不可欠な役割を果たした。 - 録音技術と音質の変遷
アコースティック録音(1890年代)から電気録音(1920年代)、ステレオ録音(1950年代)、デジタル録音(1980年代)へと進化し、音質や表現の幅が劇的に向上した。 - レコード収集とオーディオ文化
レコードは単なる音楽メディアにとどまらず、ジャケットデザイン、プレス工程、マスタリングの違いなどが価値を左右するコレクターズアイテムとしての側面も持つ。 - レコードの衰退と復興の歴史
1980年代のCD登場により市場は縮小したが、2000年代以降アナログ回帰の動きが強まり、音質や所有の喜びを重視する層によって再評価され、売上も回復しつつある。
第1章 レコードの誕生と進化の歩み
音を刻むという夢
1877年、トーマス・エジソンは歴史に残る発明を成し遂げた。「フォノグラフ」である。円筒に錫箔を巻き、音の振動を刻むことで、彼は初めて「音を記録し、再生する」ことに成功した。エジソン自身が最初に録音した言葉は「メリーさんの羊」だったという。これはまるで魔法のような出来事であり、世界中の科学者や技術者に衝撃を与えた。しかし、このフォノグラフは大量生産に向かないという欠点を抱えていた。音の記録方法は画期的だったが、扱いが難しく、商業的な成功には至らなかったのである。
円盤式レコードの革命
エジソンのフォノグラフから約10年後、エミール・ベルリナーが「グラモフォン」を発表する。彼は円筒ではなく「円盤」に音を刻むことを考案し、これがレコードの始まりとなった。ベルリナーは円盤を大量に複製する方法も開発し、レコード産業の基礎を築いた。1890年代には、ベルリナーのレコードが市場に登場し、音楽を一般家庭で楽しむ文化が生まれた。この円盤式レコードはその後も改良が加えられ、1920年代には78回転の「SP盤」として標準化される。これにより、音楽は上流階級だけのものではなく、広く大衆に普及することとなった。
SP盤からLP盤へ—録音時間の拡張
SP盤は片面に約3分の音楽しか収録できなかった。しかし、1948年、コロンビア・レコードが新たなフォーマット「LP(ロングプレイ)レコード」を発表する。これは回転数を33 1/3回転に下げ、溝を細くすることで片面約20分の録音を可能にした。これにより、クラシック音楽やアルバム単位の録音が普及し、音楽の聴き方が変わった。一方、RCAビクターは対抗して45回転のシングル盤を開発し、ポピュラーミュージックの流通に革新をもたらした。この「LP vs 45回転」の競争は、レコード技術の進化を加速させたのである。
アナログ録音の黄金時代へ
1950年代に入ると、レコードは音楽業界にとって欠かせない存在となる。さらに1957年には「ステレオ録音」が実用化され、より臨場感のあるサウンドが実現した。レコード会社は名盤を次々に生み出し、ジャズではマイルス・デイヴィスの『Kind of Blue』、ロックではビートルズの『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』など、歴史的な作品がアナログレコードで世に送り出された。こうして、レコードは単なる音楽メディアではなく、文化そのものとなったのである。
第2章 音楽産業の革命—レコードと商業音楽
音楽が「商品」になった瞬間
かつて音楽は、劇場やサロンでの生演奏として楽しまれるものであった。しかし、レコードの登場はそのあり方を根本から変えた。1890年代、エミール・ベルリナーのグラモフォンが市場に出回ると、音楽は「一度だけの体験」ではなく、何度でも繰り返し楽しめるものとなった。これにより、音楽は手に取れる「商品」となり、新たな市場が生まれた。1901年にはビクター・トーキング・マシン・カンパニー(後のRCAビクター)が設立され、レコード産業は急成長を遂げた。クラシック、フォーク、ジャズといった多様なジャンルが商業的な成功を収め、音楽は次第に世界へと広がっていった。
レコード会社の興隆とアーティストの変化
レコード産業の発展に伴い、アーティストの役割も変わった。19世紀までは楽譜が音楽の主な流通手段であり、演奏家が楽譜をもとに独自の解釈を加えて演奏していた。しかし、レコードが普及すると、音楽は「録音された作品」として固定化され、アーティストは演奏家であると同時に「商品を生み出す存在」となった。1920年代にはブルース歌手のマ・レイニーやジャズのルイ・アームストロングが登場し、個性ある演奏スタイルが記録されるようになった。レコード会社はスターを生み出し、大衆の嗜好に合わせた楽曲を量産することで、音楽産業は巨大な市場へと成長していった。
ラジオとレコードの相互作用
1920年代後半、もう一つの革新が音楽市場に影響を与えた。それがラジオである。1920年、アメリカのKDKA局が世界初の商業ラジオ放送を開始すると、音楽は無料で楽しめるメディアとして大衆に浸透した。これにより、レコード業界は一時的に売上減少の危機に陥ったが、やがてラジオが「宣伝媒体」として機能するようになった。レコード会社はアーティストの楽曲をラジオ局に提供し、リスナーに楽曲を浸透させることで売上を伸ばしていった。フランク・シナトラやビリー・ホリデイといったスターたちは、ラジオを通じて知名度を上げ、その人気はレコード販売にも直結するようになった。
音楽産業の拡大とレコードの黄金時代
第二次世界大戦後、レコード産業はさらに発展した。1950年代、ロックンロールが誕生し、エルヴィス・プレスリーやチャック・ベリーといったスターがレコードを通じて世界中に知られるようになった。レコード会社は大規模なプロモーションを展開し、音楽はますます商業化していった。やがて1960年代に入ると、ビートルズやボブ・ディランといったアーティストが登場し、アルバムという形での音楽表現が主流となった。こうしてレコードは単なる「ヒット曲の記録」ではなく、アーティストの思想やストーリーを伝える媒体へと進化し、音楽産業の黄金時代を迎えたのである。
第3章 アナログ録音の魅力と技術革新
音を刻む—アコースティック録音の時代
19世紀末、音楽の録音は「機械だけ」で行われていた。アコースティック録音では、歌手や楽器の音を巨大なラッパに向け、振動を直接円盤や円筒に刻み込んだ。マイクもアンプもなく、音量の小さい楽器はほぼ録音できなかったため、演奏者はラッパの前で必死に声を張り上げた。オペラ歌手エンリコ・カルーソーは、この方式でも圧倒的な声量でレコードを成功させた数少ないアーティストだった。録音技術は未熟だったが、1900年代初頭には人気の音楽メディアとなり、家庭で音楽を聴く文化が広まり始めた。
電気録音の衝撃—より豊かな音の世界へ
1925年、電気録音が登場すると、レコードの音質は劇的に向上した。マイクロフォンが導入され、より繊細な音まで収録できるようになった。これにより、ビング・クロスビーのような「ささやくような歌唱」も可能になり、歌い方そのものが変化した。ジャズバンドも、バランスの良い録音ができるようになり、デューク・エリントンの鮮やかなビッグバンドサウンドが広く愛されるようになった。電気録音は音楽表現の幅を大きく広げ、レコードの魅力をさらに高めた。
ステレオ録音の革命—音に奥行きを与える技術
1957年、ステレオ録音が登場すると、音楽の体験はまったく新しいものになった。それまでのモノラル録音では、すべての音がひとつのスピーカーから聞こえていたが、ステレオでは異なる音を左右に配置できるため、まるで演奏者が目の前にいるような立体的な音響が実現した。ビートルズの『Abbey Road』やピンク・フロイドの『The Dark Side of the Moon』は、ステレオの特性を活かした代表的なアルバムである。ステレオ録音はリスナーに没入感をもたらし、音楽の聴き方そのものを変えたのである。
マスタリング技術とレコードの完成度
レコードの音は、録音された瞬間に決まるわけではない。「マスタリング」という工程が、最終的な音の仕上げを担っている。1960年代以降、ボブ・ラドウィックやルディ・ヴァン・ゲルダーといった伝説的エンジニアが登場し、レコードの音質を格段に向上させた。イコライジングやコンプレッションを駆使し、各楽器のバランスを整えることで、より迫力あるサウンドが生み出された。こうした職人技の結晶が、今日もアナログレコードの魅力として語り継がれているのである。
第4章 ジャケットアートとデザインの世界
音楽を「見る」楽しみの誕生
かつてレコードは単なる黒い円盤だった。しかし、1940年代後半、コロンビア・レコードのアートディレクター、アレクシー・ブロドヴィッチや、ブルーノート・レコードのリード・マイルスらによって「ジャケットデザイン」の概念が確立される。彼らは音楽の世界観を視覚的に表現し、アルバムを「見る楽しみ」の対象へと変えた。デューク・エリントンやマイルス・デイヴィスのアルバムは、モダンなタイポグラフィと斬新な色使いによって一目で魅力が伝わるようになった。音楽とデザインが結びつき、レコードは芸術作品としての価値を持つようになったのである。
アートと音楽の融合—名作ジャケットの誕生
1960年代になると、ジャケットデザインはさらに進化した。アンディ・ウォーホルが手がけたヴェルヴェット・アンダーグラウンドのバナナジャケットや、ヒプノシスがデザインしたピンク・フロイドの『The Dark Side of the Moon』は、そのアート性の高さから美術館にも展示されるほどである。ビートルズの『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』のジャケットは、ポップカルチャーのアイコンを並べたコラージュ作品としても有名であり、音楽だけでなく、視覚的にも強いメッセージを持つアルバムとして評価されている。
コレクターズアイテムとしてのジャケット
ジャケットデザインの影響力が増すにつれ、特別仕様のレコードが誕生した。1970年代には、レッド・ツェッペリンの『III』に採用された回転盤付きジャケットや、ローリング・ストーンズの『Sticky Fingers』のジッパー付きカバーなど、遊び心あふれるデザインが人気を博した。また、初回限定盤や特殊印刷が施されたレコードは、コレクターズアイテムとしての価値を持つようになった。今日でもオリジナル盤のジャケットは高値で取引され、音楽ファンにとって「音を聴く」だけでなく「所有する喜び」の象徴となっている。
デジタル時代とジャケットの未来
CDやストリーミングの時代になっても、ジャケットデザインの重要性は変わらない。デジタル配信ではサムネイルサイズのアートが中心となるが、アナログレコードのリバイバルによって再び「大きなジャケット」が求められている。カニエ・ウェストやビヨンセのアルバムは、デジタルとアナログの両方で独創的なアートワークが話題となる。音楽を視覚的に表現する文化は形を変えながらも生き続け、ジャケットデザインは今もなお、アーティストの個性を象徴する重要な要素となっている。
第5章 名盤と音楽ジャンルの発展
レコードが生んだジャズの黄金時代
1920年代、ジャズはレコードによって世界へと広まった。ルイ・アームストロングの『West End Blues』は、彼の独創的なトランペットと即興演奏の魅力を記録し、ジャズをアートへと昇華させた。デューク・エリントンは、洗練されたアレンジを施し、『Mood Indigo』などの名曲を生み出した。1959年にはマイルス・デイヴィスが『Kind of Blue』を発表し、モード・ジャズの時代を開いた。この時代、レコードはジャズの即興性をそのまま封じ込める魔法の装置となり、多くのミュージシャンの才能を世界に届ける役割を果たした。
ロックンロールとレコードの爆発的な関係
1950年代、ロックンロールはレコードの普及とともに世界を席巻した。エルヴィス・プレスリーの『Heartbreak Hotel』は、その野生的なボーカルとビートで若者を熱狂させた。チャック・ベリーの『Johnny B. Goode』は、ギターリフの重要性を示し、ロックの形を決定づけた。1960年代にはビートルズが登場し、『Revolver』や『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』などのアルバムで、ロックを単なるダンスミュージックから芸術的表現へと進化させた。レコードはこの時代の文化的革命を象徴し、音楽の可能性を押し広げたのである。
クラシック音楽とレコードの出会い
レコードはクラシック音楽にも大きな変革をもたらした。戦前までは劇場での生演奏が主流だったが、SP盤やLP盤の登場により、ベートーヴェンやモーツァルトの交響曲が家庭で聴けるようになった。特に指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンは、レコード時代の巨匠として知られ、ベルリン・フィルとの録音は高音質なクラシック録音の代表例となった。グレン・グールドの『ゴルトベルク変奏曲』は、演奏の新たな可能性を示し、ピアノ音楽の聴き方を変えた。レコードはクラシックの世界に革新をもたらし、新たなリスナーを生み出したのである。
電子音楽とレコードの未来
1970年代以降、電子音楽はレコードを通じて急速に広まった。クラフトワークの『Autobahn』は、シンセサイザーを駆使した未来的なサウンドで注目を集めた。1980年代にはテクノやハウスが誕生し、デトロイトのホアン・アトキンスやシカゴのフランキー・ナックルズが、ダンスフロアを支配するレコードを次々にリリースした。さらに、ヒップホップのDJたちはレコードを「楽器」として活用し、スクラッチやサンプリングといった新たな音楽手法を生み出した。レコードはジャンルを超えて進化し続け、未来の音楽の可能性を広げていくのである。
第6章 オーディオ文化とリスニング体験
音楽の扉を開くターンテーブル
レコードの音を楽しむためには、欠かせない機器がある。それがターンテーブルである。最初期の蓄音機はゼンマイ式で動いていたが、電気モーターを搭載したプレイヤーが登場すると、より安定した再生が可能になった。1950年代には、家庭用のHi-Fiオーディオブームが到来し、より精密なターンテーブルが求められるようになった。テクニクスのSL-1200シリーズは、DJカルチャーにも多大な影響を与えた代表的なターンテーブルであり、現在でもその耐久性と音質の良さから多くの音楽愛好者に支持されている。
音を決定づけるカートリッジの秘密
レコードの溝に刻まれた音を針で拾うために重要なのがカートリッジである。この小さな部品が音の質を決定づける要素となる。初期のセラミックカートリッジは簡易的なものであったが、やがてより繊細な音を拾うことができるMM(ムービングマグネット)型やMC(ムービングコイル)型が登場した。オルトフォンやシュアといったメーカーが優れたカートリッジを開発し、よりクリアな音質を実現した。アナログレコードの独特の温かみのある音は、このカートリッジの精密な技術によって生まれているのである。
スピーカーとアンプが生み出す迫力
レコードの音を豊かに響かせるためには、スピーカーとアンプの選択が重要となる。1950年代には真空管アンプが主流であり、その独特の温かみのある音が今でも愛されている。1960年代以降、トランジスタアンプが普及し、よりパワフルな音が出せるようになった。スピーカーの世界も進化し、JBLやタンノイといったブランドが高音質なオーディオ機器を提供するようになった。良質なアンプとスピーカーの組み合わせによって、レコードは単なる音の記録ではなく、まるでライブ演奏のような臨場感を味わえるものとなった。
アナログならではのリスニング体験
レコードを再生するという行為は、ただ音楽を聴くだけではない。ターンテーブルの電源を入れ、針を落とす瞬間の緊張感、A面が終わったらB面にひっくり返す作業、それらすべてがリスニング体験の一部である。デジタル音源では得られない「物理的な関わり」がアナログならではの魅力である。さらに、レコードの音にはわずかな歪みやノイズが含まれるが、それこそが「温かみのある音」として愛される理由である。レコードは単なる音楽再生の手段ではなく、音楽と向き合う時間そのものを豊かにする文化的体験なのだ。
第7章 レコード収集の醍醐味と市場の変遷
初版盤の魔法—価値を決める要素とは
レコードの価値は音楽だけで決まるわけではない。特に「初版盤」はコレクターにとって特別な存在である。例えば、ビートルズの『ホワイト・アルバム』の初回プレスにはシリアルナンバーが入っており、初版の番号が若いほど高額で取引される。レッド・ツェッペリンのデビューアルバムも、最初期プレスには後に変更されたカバーアートが使用されていた。こうした「初版ならではの特徴」が、レコードの希少価値を高め、音楽を超えた歴史的な遺産としての魅力を生み出しているのである。
レコードフェアとオークションの熱狂
レコード収集家たちは、価値ある一枚を求めて世界中を駆け巡る。レコードフェアはその最大の舞台であり、ロンドンの「ヴィニール・フェア」や東京の「レコード・フェスタ」などでは、貴重な盤が飛び交う。オークションでは、ボブ・ディランの未発表テイクが入ったレコードが数千万円で落札されることもある。ときには、倉庫で眠っていた「発掘品」が突如として市場に現れ、コレクターたちの興奮を呼ぶ。レコードの価値は単なる音楽の枠を超え、「歴史を所有する」喜びへとつながっているのだ。
ディガー文化—宝を探す冒険者たち
レコード収集には「ディガー」と呼ばれる探求者たちが存在する。彼らは中古レコード店やフリーマーケット、倉庫の奥深くを巡り、埋もれた名盤を発掘することに情熱を注ぐ。特にヒップホップのDJたちは、サンプリング素材を求めて世界中を旅する。例えば、J・ディラは1950年代のジャズレコードからリズムパターンを発見し、新たなビートを生み出した。レコードの価値は、流行に左右されるものではなく、どこかに眠る未知の音源を見つけ出す「冒険」にこそあるのである。
コレクター市場の未来—デジタル時代における価値
デジタル配信が主流となった現代でも、レコード市場は成長を続けている。近年では「カラーバイナル」や「限定盤」が次々とリリースされ、現代のアーティストもフィジカルメディアの価値を再認識している。さらに、NFT技術を活用した「デジタル認証付きレコード」も登場し、所有の概念は新たな局面を迎えている。レコードは単なる過去の遺物ではなく、新たな形で進化し続ける文化的アイコンなのである。
第8章 レコードの衰退とデジタル時代の到来
CD革命—音楽の新たな時代の幕開け
1982年、ソニーとフィリップスが共同開発したCD(コンパクトディスク)が登場すると、音楽産業は激変した。レコードに比べてコンパクトで扱いやすく、耐久性が高いCDは瞬く間に市場を席巻した。マイケル・ジャクソンの『Thriller』やU2の『The Joshua Tree』などの名作は、CD時代の恩恵を受け、世界的なセールスを記録した。特にデジタル録音技術が進化したことで、ノイズの少ないクリアな音質が求められるようになり、レコードの時代は徐々に終焉へと向かっていった。
デジタル音楽の台頭とレコードの危機
1990年代に入ると、デジタル技術の発展がさらに加速した。CDの普及によってレコードの売上は急落し、多くのレコード工場が閉鎖に追い込まれた。さらに、1999年にナップスターが登場し、MP3による音楽の無料配信が広がると、音楽の消費スタイルが大きく変化した。レコードはおろか、CDすらも危機に直面し、音楽は「所有するもの」から「データとして流通するもの」へと変わり始めた。この時期、アナログレコードは完全に時代遅れのメディアとして見なされるようになったのである。
ストリーミング時代の到来
2000年代に入ると、デジタルダウンロードの時代を経て、ストリーミングが主流となった。2008年にSpotifyがサービスを開始し、音楽はインターネットを通じて即座に聴けるものとなった。これにより、ユーザーは膨大な楽曲を手軽に楽しめるようになり、CDの売上はさらに落ち込んだ。一方で、音楽の「アルバム単位での鑑賞」という文化は薄れ、プレイリスト中心の消費が一般的になった。レコードは完全に市場から消えるかに思われたが、一部のアナログ愛好者によって細々と生き続けていた。
レコードは本当に終わったのか?
レコードの市場は縮小し、音楽はデジタルの世界へと移行した。しかし、音質やアートワーク、所有の喜びといったアナログならではの魅力を求める人々は、レコードを捨て去ることができなかった。DJたちはターンテーブルを愛し続け、オーディオマニアはアナログの温かい音を求め続けた。そして、2000年代後半、意外なことにレコード人気は再び上昇し始める。アナログレコードの復活の兆しが見え始め、音楽メディアの新たな時代へと向かうことになるのである。
第9章 レコードリバイバルと現代のアナログ文化
静かに始まったレコードの復活
2000年代初頭、レコードは過去の遺物と考えられていた。しかし、独立系アーティストやDJたちはアナログ特有の音の温かみを手放せなかった。レディオヘッドやジャック・ホワイトは、自らのアルバムをレコードでもリリースし、音楽愛好者の間でアナログへの関心が再燃した。さらに、映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のサウンドトラックがレコードとして大ヒットしたことも、若い世代にとってレコードの魅力を再認識するきっかけとなった。こうして、小さな波は次第に大きな潮流へと変わっていった。
インディペンデントレーベルの躍進
大手レコード会社がデジタル市場へとシフトする中、インディペンデントレーベルはレコードの持つ独自性に着目した。ニューヨークのダファー・レコーズやロンドンのラフ・トレードは、アナログフォーマットを重視し、特にロックやエレクトロニカのジャンルで支持を集めた。インディーミュージシャンはレコードのフィジカルな魅力を武器に、限定プレスや特別仕様盤を発売し、コレクターズアイテムとしての価値を高めた。レコードは単なる音楽メディアではなく、アートとしての側面を持つようになったのである。
若者たちのレコードブーム
デジタルネイティブ世代がアナログレコードに惹かれる理由は何か。それは、音楽を「所有する喜び」にある。SpotifyやApple Musicでは膨大な楽曲を即座に聴けるが、手元に実物として残るものはない。対して、レコードは大きなジャケットアートや針を落とす儀式的な動作によって、リスニング体験そのものが豊かになる。特にアメリカや日本では若者向けのレコードショップが増加し、レコードプレイヤーの売上も上昇。ヴィニールを愛する新しい世代が音楽文化を再構築しつつある。
ヴィニールの未来—アナログとデジタルの共存
レコード人気の復活は一時的な流行ではなく、新たな音楽文化の確立を意味している。現在では、デジタル配信とアナログリリースを組み合わせるアーティストが増えており、ビヨンセやテイラー・スウィフトもレコード盤を特別仕様で販売している。さらに、高音質な180g重量盤やカラーバイナルなど、新たなレコードフォーマットが開発されている。レコードはデジタル時代に生き残るだけでなく、音楽を「体験する」メディアとして進化を続けているのである。
第10章 レコードの未来—アナログとデジタルの融合
デジタル時代におけるアナログの存在価値
21世紀に入り、音楽はストリーミング中心の時代へと移行した。それでもレコード人気は衰えず、むしろ新たなブームを迎えている。SpotifyやApple Musicで楽曲を即座に聴ける時代に、なぜわざわざレコードを買うのか。その答えは「音の質と体験」にある。アナログレコードは、温かみのあるサウンドとフィジカルな所有感を提供する。デジタルでは味わえない「音楽と向き合う時間」を生み出し、レコードは単なる再生手段ではなく、リスニング文化の中心として再評価されているのである。
ハイレゾ音源とアナログの共存
デジタル技術の進化は、レコードの存在意義を脅かすどころか、新たな価値を生み出している。近年、ハイレゾ音源(高解像度オーディオ)が注目を集め、レコードの「アナログならではの質感」と比較されるようになった。実際、アーティストによっては、デジタルマスタリングの音源とアナログマスタリングの音源を両方リリースし、リスナーに選択肢を提供している。ザ・ローリング・ストーンズやテイラー・スウィフトの最新アルバムも、CD・ストリーミング・レコードと多様なフォーマットで発売されるようになり、アナログとデジタルの共存が進んでいる。
新技術がもたらすレコードの進化
アナログレコードは過去の技術に縛られるものではない。近年、レーザーターンテーブルが開発され、針を使わずにレコードを再生できる技術が生まれている。さらに、静電気防止や耐久性向上を目的とした新素材のレコード盤も開発され、従来のアナログの課題を克服しつつある。また、3Dプリント技術を応用したレコード製作も進んでおり、音楽の物理的な保存方法に新たな選択肢が生まれつつある。テクノロジーとアナログの融合は、レコードをさらに進化させる可能性を秘めている。
未来の音楽メディアとレコードの役割
音楽はこれからも進化を続けるが、レコードの役割は消えることはない。むしろ、デジタルが主流になるほど、アナログの「触れる音楽」としての価値が際立つ。音楽体験の多様化が進む中で、レコードは「音楽を所有する喜び」「アルバム単位で楽しむ文化」を未来に伝える重要なメディアとなるだろう。レコードは単なる懐古的なフォーマットではなく、新たな形で音楽シーンに残り続ける。そして、アナログとデジタルの融合が進むことで、これまでにない音楽の楽しみ方が生まれる時代が来るのである。