バロック建築

基礎知識
  1. バロック建築の起源と歴史的背景
    バロック建築は、17世紀カトリック教会の宗教改革に対抗するため、特にイタリアで発展した建築様式である。
  2. バロック建築の特徴と要素
    曲線的なデザイン対称性、劇的なと影の効果、大規模な装飾がバロック建築の主な特徴である。
  3. 代表的なバロック建築の建物と建築
    ローマサン・ピエトロ大聖堂やフランチェスコ・ボロミーニ、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニなどがバロック建築の代表例である。
  4. バロック建築の地理的広がり
    バロック建築イタリアからヨーロッパ全土、さらには南にまで広がり、それぞれの地域で異なる形態を取った。
  5. バロック建築と宗教・政治の関係
    バロック建築カトリック教会の教義を視覚的に表現し、政治的には王権や権力の象徴としても利用された。

第1章 バロック建築の誕生 – 宗教改革と美術的反応

宗教改革とカトリック教会の危機

16世紀ヨーロッパでは、宗教改革がカトリック教会に大きな打撃を与えていた。マルティン・ルターが主導した改革は、教会の腐敗を批判し、プロテスタントという新しい宗派を生み出した。これに対抗するため、カトリック教会は「カウンター・リフォーメーション」という動きを開始する。その一環として、教会は新しい建築様式を取り入れ、人々の信仰心を視覚的に引きつける方法を模索する。この時代、芸術建築信仰を強化する重要な手段とされ、教会は壮大で感動的な空間を生み出すことを目指した。こうして、バロック建築が生まれる基盤が形成されたのである。

イタリアで始まった新たな美の探求

バロック建築17世紀初頭のイタリア、特にローマで誕生した。これは単なる建築様式ではなく、見る人の感情を揺さぶるための芸術運動でもあった。ジャン・ロレンツォ・ベルニーニやフランチェスコ・ボロミーニといった才能あふれる建築家たちが、空間の劇的な効果を追求し、と影のコントラストを大胆に活用した。サン・ピエトロ大聖堂の拡張や、バロック様式を取り入れた新しい教会の建設は、ローマ芸術建築の中心地に押し上げた。イタリアから始まったこの建築運動は、宗教と芸術の強い結びつきを体現していた。

見る者を包み込むバロックの魔法

バロック建築の特徴は、その圧倒的なスケール感と装飾性にある。彫刻や絵画が建物と一体となり、訪れる人々を包み込むような感覚を生み出した。サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会のベルニーニによる「聖テレジアの法悦」は、その代表例であり、建築物自体が感情的な体験を提供することを目的としていた。人々はこれらの教会に足を踏み入れるたびに、の偉大さを感じるとともに、その壮大さに驚嘆したのである。バロック建築は単なる建物ではなく、聖なドラマの舞台となった。

バロック建築の広がりとその影響

バロック建築ローマを起点に、ヨーロッパ全土へと急速に広がった。スペイン、フランス、ドイツといった国々でも、この様式は採用され、それぞれの文化に適応した形で発展した。特にスペインでは、カトリック教会の影響が強く、宗教建築がバロック様式で装飾された。また、バロック建築だけにとどまらず、彫刻や絵画、音楽にも影響を与え、総合的な芸術運動としての地位を確立した。このように、バロック建築芸術建築の歴史において深い足跡を残し、後世にも多大な影響を与えている。

第2章 バロック建築の特徴 – 光、曲線、装飾

光と影のドラマ – バロック建築の照明術

バロック建築の最も魅力的な要素の一つは、と影を巧みに操る技法である。ジャン・ロレンツォ・ベルニーニが手掛けたサン・ピエトロ大聖堂の円柱や彫刻は、が当たると一瞬にして建物全体が動き出すかのように感じられる。自然を建物内部に取り入れる設計は、空間に奥行きを与え、まるで天国が降り注いでいるかのような効果を生む。バロック建築では、このようなの劇的な演出を通じて、信仰秘的な側面が強調された。特に教会では、このと影のコントラストが聖な空間を一層引き立てたのである。

曲線の魔法 – 動きのあるデザイン

バロック建築は、まっすぐなラインだけでなく、曲線を巧みに用いることで、建物にダイナミックな動きを与えた。フランチェスコ・ボロミーニのサン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ教会は、その典型例である。この教会のファサードは、曲がりくねった波のような形をしており、まるで建物自体が呼吸をしているかのような感覚を引き起こす。曲線は単に美しいだけでなく、視覚的に空間を広げ、訪れる人々に感情的な影響を与える。このようなデザインは、従来の建築様式とは一線を画し、バロック建築ならではの大胆さを際立たせている。

装飾の豪華さ – 豊かさを表現する芸術

バロック建築は、細部にわたる豪華な装飾で知られている。彫刻箔、フレスコ画が建物全体を彩り、まるで一つの大きな芸術作品のような印を与える。特に、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会内にある「聖テレジアの法悦」というベルニーニの彫刻は、建築彫刻が一体となった究極のバロック美術と言える。この作品では、天使が聖テレジアに矢を放つ瞬間を表現し、装飾が持つ物語性が訪れる者に強烈な印を残す。バロック建築における装飾は、視覚的な豪華さだけでなく、深い感情を引き出す役割も果たしたのである。

空間の広がり – 建物全体が一つの舞台

バロック建築のもう一つの特徴は、空間全体が一つの大きな舞台のようにデザインされている点である。例えば、サン・ピエトロ大聖堂の広場は、ベルニーニによって設計され、巨大な円形の列柱が訪れる人々を抱きしめるように囲む。この広場は、建物の内部だけでなく、外部の空間にもドラマティックな効果を与えている。バロック建築では、室内外の空間が一体化し、訪れる者は建物の中にいるだけでなく、外の世界とも対話しているかのような感覚を味わうことができる。この総合的な空間デザインこそが、バロック建築を特別なものにしている。

第3章 イタリアバロック – ローマからの発信

ローマ、バロックの誕生の地

17世紀初頭、イタリアローマ芸術と文化の中心地だった。ここで生まれたバロック建築は、従来の古典的な建築様式とは大きく異なり、感情を強く刺激する劇的な要素が特徴である。カトリック教会の影響下で、この新しいスタイルは人々にの偉大さを感じさせるために設計された。サン・ピエトロ大聖堂の完成が、その象徴的な瞬間だった。ミケランジェロが設計したドームは壮大なもので、ローマの空に堂々とそびえ立っている。ローマはこのようにして、バロック建築を世界に広める拠点となった。

ベルニーニとボロミーニ – バロック建築の巨匠たち

ローマで活躍した二大巨匠、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニとフランチェスコ・ボロミーニは、バロック建築をその頂点に導いた。ベルニーニは彫刻家としても名高く、サン・ピエトロ大聖堂の広場を設計し、列柱を人々を包み込むように配置した。一方、ボロミーニは曲線を駆使し、サン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ教会のように大胆なデザインを生み出した。彼らの作品は、建物が単なる建築物ではなく、見る者に強烈な印を与える「体験」そのものだと感じさせる力を持っていた。

サン・ピエトロ大聖堂 – 宗教と芸術の融合

サン・ピエトロ大聖堂は、バロック建築の最も象徴的な建物の一つである。教会自体はルネサンス時代に着工されたが、ベルニーニの手によって壮大なバロック様式の広場が完成した。この広場は、カトリック教会の権威を象徴するだけでなく、訪れる人々を聖な空間に引き込むような設計になっている。列柱はまるで信者たちを抱きしめるかのように広がり、中心にそびえるオベリスクは天へと向かうの力を示している。このように、サン・ピエトロ大聖堂バロック建築が宗教と密接に結びついていることを示す代表例である。

ローマから広がるバロック建築の影響

ローマで始まったバロック建築は、瞬く間にイタリア全土へと広がり、やがてヨーロッパ全域に影響を与えるようになった。特にローマの教会建築は、その劇的なデザインと壮麗な装飾が他国の建築家たちにも影響を与えた。ヴェネツィアやフィレンツェでも、バロック様式の教会が建設され、ローマ建築スタイルが広く受け入れられていく。こうして、イタリアバロック建築の中心として、長い間ヨーロッパの文化的な影響力を保ち続けた。ローマから発信されたこのスタイルは、芸術建築の新しい時代を切り開いたのである。

第4章 バロック建築のヨーロッパ展開 – フランス、スペイン、ドイツ

ヴェルサイユ宮殿 – フランスの権力の象徴

バロック建築がフランスで最も印的に表現されたのが、ヴェルサイユ宮殿である。ルイ14世がその威厳を誇示するために建てたこの宮殿は、圧倒的な規模と美しさを誇っている。広大な庭園や豪華な装飾は、バロック建築の特徴である華麗さを極限まで追求したものである。特に「鏡の間」は、鏡が並び、自然が反射することでまばゆいを演出する空間だ。これは単に美しいだけでなく、フランス王権の力を視覚的に表現し、訪れる者にその威厳を感じさせるものとなっている。

スペインの宗教建築 – 芸術と信仰の融合

スペインでは、バロック建築は特に宗教建築において発展を遂げた。グラナダのカテドラルやセビリアのカテドラルはその典型例である。これらの教会は、信仰芸術が一体となって作り上げられたものであり、豪華な彫刻や絵画で埋め尽くされている。スペインのバロック建築は、特にカトリック教会の宗教的メッセージを強く視覚化するために設計された。建物自体が信者に感動を与え、聖な空間を作り出すための手段であった。スペインのバロック様式は、イタリアの影響を受けつつも、独自の宗教的熱情が表現されている。

ドイツの教会建築 – 静寂の中の壮大さ

ドイツにおけるバロック建築は、特に教会建築において独自の美しさを持っている。ヴィース教会はその一例で、外観は控えめだが、内部に足を踏み入れると壮大な空間が広がり、訪れる者を驚かせる。天井画や装飾が華やかでありながら、どこか静謐さを感じさせるデザインが特徴である。ドイツのバロック教会は、建物全体が一つの宗教的体験を提供するように設計され、特にの使い方や色彩のバランスにより、聖さが強調されている。これにより、建築が祈りの場としてだけでなく、芸術的な体験の場ともなっている。

バロック建築の国際的な影響 – ヨーロッパ全土へ

バロック建築は、イタリアだけでなく、フランス、スペイン、ドイツといったヨーロッパ各国に広がり、それぞれの地域で独自の発展を遂げた。各国の王や教会がこの豪華なスタイルを採用した理由は、権力と信仰を視覚的に表現するためである。さらに、バロック建築の影響は、ヨーロッパにとどまらず、南植民地にも広がっていった。こうしてバロック建築は、単なる建築様式ではなく、国を越えた文化的なムーブメントとなり、ヨーロッパ全土にその影響を与え続けたのである。

第5章 バロック建築の代表作とその建築家たち

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ – 彫刻家と建築家の天才

ジャン・ロレンツォ・ベルニーニは、バロック建築彫刻の両方で類いまれな才能を発揮した。彼の代表作の一つが、サン・ピエトロ大聖堂の広場だ。この広場は、巨大な列柱で囲まれ、まるで訪れる人々を抱きしめるようなデザインとなっている。ベルニーニは、建物と空間を一体化させ、そこに劇的な効果を生み出す手法を得意とした。彼の作品は、ただ美しいだけでなく、訪れる人々に感動と驚きを与える力を持っている。ベルニーニは、彫刻建築を通して、バロック様式の真髄を体現した人物である。

フランチェスコ・ボロミーニ – 曲線の魔術師

フランチェスコ・ボロミーニは、バロック建築において、特に曲線の使い方で知られる建築家である。彼の代表作であるサン・カルロ・アッレ・クワトロ・フォンターネ教会は、波打つようなファサードと、複雑な曲線を駆使した内部空間が特徴だ。ボロミーニは、建物に動きを与えることで、見る者に新しい感覚を提供しようとした。彼のデザインは当時の伝統的な建築の常識を打ち破り、空間そのものが生きているかのような印を与える。この独創性が、ボロミーニをバロック建築の巨匠として際立たせている。

クリストファー・レン – イギリスにおけるバロックの旗手

クリストファー・レンは、バロック建築イギリスに広めた重要な建築家である。彼の代表作であるセント・ポール大聖堂は、ロンドンの街並みに壮大な姿を見せている。大火で失われた旧教会の再建を任されたレンは、バロックの要素を取り入れながらも、イギリス風の厳粛な美しさを加えた。この大聖堂のドームは、ベルニーニの影響を受けつつも、独自の力強さを持っている。レンの建築は、イギリスのバロック様式を確立し、ロンドンの復興に大きく貢献した。

ギャロルモ・ランツァーニ – 壮麗な装飾と教会建築

ギャロルモ・ランツァーニは、バロック時代の装飾的な要素を極めた建築家であり、彼の作品は特に豪華な教会建築で知られている。彼は内部装飾において、天井画や彫刻箔をふんだんに使い、教会の空間を輝かせた。ランツァーニが手掛けた教会では、訪れる人々が聖さと壮麗さを一度に感じることができる。彼の作品は、バロック建築の「豊かさ」を象徴しており、建物が芸術の一部として機能することを証明している。ランツァーニの影響は、バロック建築の装飾的要素において非常に大きなものである。

第6章 中南米のバロック – コロニアル建築の融合

スペインとポルトガルの影響下でのバロック建築

中南バロック建築がもたらされたのは、スペインとポルトガルがこの地域を植民地化した16世紀から17世紀のことだった。植民地支配とともに、ヨーロッパのバロック様式がカトリック教会を通じて新世界に広がり、信仰の力を示す手段として教会建築に採用された。特にメキシコやペルーの都市には、スペインの影響を強く受けた壮麗なバロック建築が建設され、現地の人々に強い宗教的な影響を与えた。この時代、建築は権力と信仰象徴する重要な手段となり、中南の文化と密接に結びついていた。

メキシコのバロック建築 – 独自の美学

メキシコでは、ヨーロッパからもたらされたバロック建築が現地の文化と融合し、独特のスタイルが生まれた。代表的な建物として、メキシコシティにある「メトロポリタン大聖堂」が挙げられる。複雑な彫刻や黄の装飾が施されたこの教会は、ヨーロッパのバロック様式に、先住民の芸術技術が見事に取り入れられた結果である。また、メキシコのバロック建築は、スペインの影響を受けつつも、地元の自然素材を活かし、より鮮やかで装飾的なデザインが特徴となった。この独自性が、メキシコのバロック建築を特別なものにしている。

ブラジルのバロック – ミナス・ジェライスの宝

ブラジルにおけるバロック建築は、特にミナス・ジェライス州の町々にその美しさが残されている。18世紀鉱業が盛んだったこの地域では、豊かな資源を背景にして豪華な教会が建設された。その中でも、アントニオ・フランシスコ・リスボア、通称「アレイジャジーニョ」による教会群は、ブラジル・バロックの最高傑作とされている。彼のデザインは、ヨーロッパバロック建築に加え、地元の職人技術やブラジル独自の素材を取り入れ、見事なまでに壮麗な教会を完成させた。この地域の教会は、宗教と芸術が一体となった空間である。

文化の融合が生んだ独自のバロック建築

中南バロック建築は、単にヨーロッパのスタイルを模倣したものではなく、現地の文化や伝統が深く関わっている。現地の職人たちは、ヨーロッパから伝えられた技術を学びながら、自らの芸術を加え、新たなスタイルを作り上げた。こうして生まれた建築は、スペインやポルトガルのバロックと異なる、色彩豊かで生命力にあふれるデザインが特徴である。中南バロック建築は、植民地時代の歴史を物語ると同時に、地域独自の美学アイデンティティ象徴するものとなっている。

第7章 バロック建築の装飾 – 彫刻、絵画、庭園デザイン

建物と一体化した彫刻 – 感情を呼び覚ます芸術

バロック建築では、彫刻が単なる装飾ではなく、建物全体と一体化して感情を呼び覚ます重要な役割を果たしている。ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの代表作「聖テレジアの法悦」はその典型であり、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会の一角に設置されている。天使が聖テレジアに矢を放つ瞬間を捉えたこの彫刻は、テレジアの表情や布の動きが生々しく、まるで命を宿しているかのようである。建物自体の一部として配置されたこの彫刻は、訪れる人々に聖な場の劇的な瞬間を体感させる。

絵画が作る幻想的な空間

バロック建築において、天井画は空間全体を幻想的なものに変える力を持っていた。イタリアのサンタ・イグナツィオ教会に描かれた天井画は、見上げると天井が消え去り、天国景が広がっているかのように感じられる。この技法は「トロンプ・ルイユ」と呼ばれ、目を騙す効果を生む。絵画と建築が一体となり、実際の空間よりも広がりを感じさせるこの手法は、訪れる人々に驚きと感動を与える。バロック時代の芸術家たちは、このような視覚的トリックを駆使して、建築空間を劇場のように演出した。

庭園デザイン – 自然と建築の融合

バロック建築の美しさは、建物の内部だけでなく、庭園にも広がっている。特に、フランスのヴェルサイユ宮殿の庭園は、整然としたデザインと広大なスケールで知られている。造園家アンドレ・ル・ノートルによって設計されたこの庭園は、幾何学的な模様に植えられた木々や花壇、広々とした路が特徴である。バロック庭園は、自然を人間の手で統制し、芸術的に再構築したものであり、宮殿や建物と一体化して訪れる人々に壮大な体験を提供する空間となっていた。庭園もまた、バロックの総合芸術の一部である。

光と影が織りなす劇場のような空間

バロック建築の装飾において、と影の扱いは非常に重要な要素である。建物の彫刻や装飾、さらには絵画も、の当たり具合によって異なる表情を見せる。例えば、ローマサン・ピエトロ大聖堂の内部では、窓から差し込む彫刻の陰影を強調し、建物全体に動きとドラマを与えている。これにより、バロック建築は静的な存在ではなく、時間の変化によって刻々と異なる姿を見せる劇場のような空間となる。訪れる者は、の魔法によって異なる世界を体感することができるのである。

第8章 バロック建築と王権 – 宮殿と権力の象徴

ヴェルサイユ宮殿 – 太陽王の力を示す象徴

ヴェルサイユ宮殿は、フランス王ルイ14世が自らの権力を誇示するために建設した壮大な宮殿である。彼は「太陽王」と呼ばれ、その名の通り、全てが自分を中心に回っていることを象徴するために、この宮殿を設計した。宮殿の広大な庭園や豪華な「鏡の間」は、まさにその権力を象徴している。特に「鏡の間」では、が無数の鏡に反射し、訪れる者に圧倒的な輝きを与えた。ヴェルサイユ宮殿は、バロック建築が単に美しいだけでなく、王の威厳と権力を強調するためにデザインされていることを示す代表例である。

スペインのエスコリアル宮殿 – 信仰と王権の融合

スペインにあるエスコリアル宮殿は、フィリペ2世によって建設された王宮で、バロック建築の一つとして知られている。この宮殿は、王の権力だけでなく、カトリック信仰の強さも示す目的で作られた。エスコリアルは単なる宮殿ではなく、修道院、図書館、教会が一体となった複合施設で、宗教的な威厳が強く表現されている。フィリペ2世は、と国王が密接に結びついていることを強調し、この宮殿を通じて自らの聖な権威を誇示しようとした。エスコリアル宮殿は、バロック建築信仰と王権の結びつきを強化するための手段となったことを象徴している。

バロック宮殿の壮大な空間 – 威圧的なデザイン

バロック建築の宮殿は、内部の空間設計にも権力を表現する工夫が施されている。広大なホールや長い回廊は、訪れる者に圧倒的なスケール感を与え、王や皇帝の偉大さを強調するためにデザインされた。オーストリアのシェーンブルン宮殿やドイツのツヴィンガー宮殿も、壮麗なバロック建築の代表作である。これらの宮殿は、豪華な装飾や彫刻、そして複雑に計算された空間設計を通じて、王の絶対的な権力を感じさせるものである。訪れる者は、宮殿の中で自分が小さく感じ、王の偉大さを自然と実感するように仕組まれている。

宮殿庭園 – 自然も支配する力の象徴

ロック宮殿には、必ずと言っていいほど広大な庭園が併設されていた。これは単なる装飾ではなく、自然をも支配する王の力を象徴している。ヴェルサイユ宮殿の庭園はその典型例で、完璧に整った幾何学模様の花壇や木々は、人間が自然を完全に統制できるという思想を反映している。庭園は、建物と一体となり、王の権力が建物の中だけでなく、外の自然にも及んでいることを示していた。こうしたバロック時代の庭園は、権力者がその力を誇示するための重要な要素であり、訪れる者を圧倒する存在であった。

第9章 宗教建築としてのバロック – 教会と信仰の表現

神聖なるサン・ピエトロ大聖堂 – カトリックの象徴

サン・ピエトロ大聖堂は、カトリック教会の総本山として、バロック建築の頂点を象徴する存在である。ローマに位置し、壮大なドームや広大な広場は、訪れる者にの偉大さを感じさせる。特にバロック時代にベルニーニによって設計された広場は、信者たちを抱きしめるような形状を持ち、教会が全ての人を受け入れるというメッセージを視覚的に表現している。この大聖堂は、カトリック教会の教義を象徴し、建物自体が信仰を体現する役割を果たしている。バロック建築は、単なるデザイン以上に、信仰そのものを表す手段であった。

サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会 – 信仰と芸術の融合

ローマにあるサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会は、信仰芸術が融合したバロック建築の代表作である。ジャン・ロレンツォ・ベルニーニが手掛けた「聖テレジアの法悦」は、建物内の彫刻でありながら、まるで生きているかのように感情豊かに表現されている。この作品は、宗教的な奇跡の瞬間を劇的に演出し、訪れる者に深い感動を与える。バロック建築は、彫刻や絵画を通じて信仰を強く感じさせ、視覚的な美しさと宗教的な深みを同時に表現する芸術形式であった。

ドイツのバロック教会 – 見えない神を感じさせる空間

ドイツのバロック教会もまた、信仰芸術の一体化を強調している。ヴィース教会はその代表例で、外見は控えめであるが、内部に一歩踏み入れると、豪華な装飾との効果が聖な空間を作り出している。特に天井画や彫刻が精巧に組み合わされ、信者たちにの存在を感じさせる設計となっている。ドイツのバロック教会では、バロック様式の特徴であると影のコントラストが強調され、建物全体がまるで天国へと続く道を示しているかのような感覚を生む。

建築で表現する信仰の深さ

バロック建築は、ただ美しいだけではなく、その構造や装飾のすべてが信仰を視覚的に表現するために設計されていた。教会の天井はしばしば高くそびえ、天国への道を象徴し、が差し込む窓はの啓示を表す。彫刻や絵画が壁や天井を彩り、訪れる者に聖書の物語や奇跡の瞬間を伝える。このように、バロック建築は、建物そのものがの栄を表現するための「聖なる劇場」として機能していたのである。バロック様式は、信者たちにとのつながりを強く感じさせる空間を生み出していた。

第10章 バロック建築の遺産 – 新古典主義への橋渡し

バロックから新古典主義へ – 様式の変遷

18世紀後半になると、バロック建築の華麗さや感情的な要素に対する反動として、新古典主義が台頭してきた。新古典主義は、古代ギリシャやローマのシンプルで均整の取れた美しさに戻ることを目指した建築様式である。バロックの曲線や複雑な装飾が好まれなくなり、代わりに直線的で秩序だったデザインが支持された。フランスのパンテオンやアメリカの国会議事堂など、新古典主義の建物は、力強く堂々とした姿でバロックの豊かな装飾とは対照的であった。時代の移り変わりとともに、建築の流行もまた変化していったのである。

パリのパンテオン – 新古典主義の象徴

パリパンテオンは、新古典主義建築象徴的な建物である。この建物はもともと教会として設計されたが、後にフランスの偉人たちを祀る霊廟として使われるようになった。バロック建築の装飾的な要素とは異なり、パンテオンは古代ローマ殿を思わせるシンプルな列柱と幾何学的なデザインを特徴としている。その厳粛で力強いデザインは、バロック時代の豪華さに代わり、理性と秩序を重んじる新古典主義の精神象徴している。パンテオンは、時代が求める建築の変化を鮮やかに示している。

イギリスの新古典主義建築 – クリストファー・レンの影響

イギリスでは、クリストファー・レンのセント・ポール大聖堂が、バロック建築の代表例として残っているが、その後、新古典主義が英国で重要な建築スタイルとなった。レンの後継者たちは、バロック様式からより簡潔なデザインに移行し、アメリカのワシントンD.C.に建設された建物にも影響を与えた。特に大英博物館など、イギリスの重要な公共建築物は新古典主義の影響を強く受け、秩序と対称性、そして古代ローマの威厳を感じさせるデザインが採用された。こうしてバロックの遺産は新しい時代へと引き継がれていった。

バロックの影響を受け続ける現代建築

バロック建築は、新古典主義が台頭しても、その影響力を完全に失うことはなかった。現代の多くの建物には、バロックの壮大さや劇的な空間デザインの要素が取り入れられている。大聖堂や劇場、そして多くのモニュメントにおいて、バロック建築が持つ「ドラマチックな空間作り」は今もなお利用されている。例えば、オペラハウスや大規模な公共ホールでは、バロックの技法を用いた壮麗な内部空間がしばしば見られる。バロックは、建築史における重要な遺産として、未来に向けてもその存在感を失うことはないのである。