閉所恐怖症

基礎知識
  1. 閉所恐怖症の定義医学的背景
    閉所恐怖症とは、狭い空間や閉じ込められる状況に対する極度の恐怖症であり、心理学的・神経学的要因が関与している。
  2. 閉所恐怖症の歴史的記録と文化的視点
    古代文から現代に至るまで、閉所恐怖症に関連する記録があり、社会や文化によって異なる形で捉えられてきた。
  3. 宗教話における閉所恐怖の表現
    話や宗教的物語において、「閉じ込められること」に対する恐怖はしばしば罰や試練の象徴として用いられてきた。
  4. 戦争拷問における閉所恐怖の利用
    歴史上、拷問や処刑の手段として閉所が利用され、極限状態における理的影響が記録されている。
  5. 現代社会と閉所恐怖症の関係
    近代都市の発展に伴い、エレベーター・地下MRIなど密閉空間の利用が増え、閉所恐怖症が社会的問題となっている。

第1章 閉所恐怖症とは何か?

恐怖はどこから生まれるのか?

人はなぜ狭い場所を恐れるのか?これは単なる個人の感覚ではなく、生存能に根ざしている。古代の人々は洞窟を住処としていたが、敵に追い詰められたり、大型動物に襲われたりする危険もあった。狭い場所に閉じ込められることは、逃げ道を失うことを意味した。心理学者シグムント・フロイトは、幼少期の体験が恐怖症の原因になると述べた。たとえば、子供のころに暗いクローゼットに閉じ込められた経験があると、大人になっても閉所への恐怖が続くことがある。現代では、MRI検査やエレベーターなどの密閉空間が恐怖を引き起こすことも多い。

心理学と閉所恐怖症の関係

心理学では、閉所恐怖症は「特定の恐怖症」に分類される。この恐怖は、扉の閉まったエレベーターや飛行機の客室などで発作的に現れることがある。1950年代、アメリカの心理学者ジョン・ワトソンは、恐怖が学習されるものであることを実験で示した。たとえば、幼いころに狭い場所で強い不安を感じると、その経験が大人になっても影響を及ぼす可能性がある。また、カール・ユングの「集合的無意識」理論によれば、閉所恐怖は人類が過去に体験した危険な状況の記憶を受け継いだものかもしれない。心理学的アプローチは、閉所恐怖症の治療にも大きな役割を果たしている。

閉所恐怖症はどのように診断されるのか?

現代医学では、閉所恐怖症の診断にはDSM-5(精神疾患の診断基準)が用いられる。この基準では、恐怖が6カ以上続き、日常生活に支障をきたす場合に「恐怖症」として認定される。たとえば、地下に乗ることができず、生活が制限される場合は治療の対となる。患者は通常、の上昇、過呼吸、冷や汗、吐き気などの身体症状を訴える。MRI検査で脳の扁桃体(感情を司る部位)が過剰に反応していることが確認されることもある。こうした診断を基に、理療法や薬物療法が選択され、適切な治療が施される。

身近に潜む閉所恐怖の脅威

閉所恐怖症は、決して珍しいものではない。アメリカ心理学会によれば、世界人口の約5%が何らかの形で閉所恐怖を経験している。日常生活の中でも、エレベーター、地下飛行機、満員電車、さらには人混みの中でも発作を引き起こすことがある。有名な例では、ナポレオン・ボナパルトが地下牢に閉じ込められることを極端に恐れていたと言われている。現代でも、建築設計において「開放感」を重視する理由の一つは、狭い空間に対する人間の根源的な恐怖を和らげるためである。閉所恐怖は誰にでも起こり得る問題であり、その影響は意外なほど広範囲に及ぶ。

第2章 古代文明における閉所恐怖の記録

ピラミッドの闇と閉所の恐怖

古代エジプトピラミッドは王たちの墓として建設されたが、同時に閉所恐怖を感じさせる場所でもあった。密閉された墓室にはが仕掛けられ、墓泥棒を閉じ込める仕組みもあった。こうした恐怖は、後の世界への畏怖と結びついていた。『者の書』には、狭い通路を通り抜ける試練が描かれ、魂が閉じ込められぬよう祈る呪文が記されている。古代エジプト人は、狭い空間に閉じ込められることを「魂の消滅」と結びつけていた。これが、今日の閉所恐怖症のルーツの一つとも考えられる。

クレタ島の迷宮とミノタウロス

ギリシャ話に登場するミノタウロスの迷宮は、閉所恐怖の象徴とも言える。クレタ島の王ミノスは、人身御供として若者を迷宮に送り込んだ。迷宮は出口の見えない閉鎖空間であり、内部には恐怖そのものの存在であるミノタウロスが潜んでいた。英雄テセウスは糸玉を使って脱出したが、この物語は閉所への恐怖と、それを克服する知恵の重要性を示している。また、考古学者アーサー・エヴァンズによるクノッソス宮殿の発掘では、実際に迷路のような構造が見つかっており、話と現実の交差が興味深い。

ローマの地下墓地と閉所の試練

ローマ帝国時代、多くのキリスト教徒は地下墓地(カタコンベ)に隠れて礼拝を行っていた。帝国キリスト教を弾圧していた時代、地下空間信仰の場であると同時に、生き埋めの恐怖と隣り合わせだった。カタコンベは狭く暗い通路が続き、逃げ道のない閉鎖空間だった。キリスト教徒にとって、信仰を守るためにこの恐怖に耐えることは試練でもあった。今日、カタコンベを訪れると、その狭さと圧迫感は現代人にも閉所恐怖を想起させる。古代ローマでは、地下空間が生とを分ける場所となっていたのである。

古代中国の地下牢と閉所の拷問

古代中では、政治犯を地下牢に閉じ込める刑罰が行われていた。秦の始皇帝の時代、反対派の学者たちは地下の牢獄に幽閉され、逃げ場のない闇の中で恐怖と向き合った。また、の時代には「暗牢」という特殊な刑務所存在し、囚人は外界と完全に遮断された。こうした閉鎖的な空間は、理的な圧迫を与え、自白を強要する手段として利用された。これは単なる刑罰ではなく、閉所恐怖を利用した精神拷問でもあった。狭く暗い空間は、古代の権力者にとって最も効果的な支配の手段だったのである。

第3章 宗教と神話における閉所恐怖

地獄の門と閉じ込められた魂

多くの宗教では、閉鎖された空間地獄と結びついている。キリスト教の『曲』では、ダンテ地獄の狭い洞窟を通り抜ける場面がある。罪人たちは地下の暗闇に閉じ込められ、出口のない恐怖を味わう。古代ギリシャの冥界も同様で、ハデスの支配する者のは、戻ることのできない閉じた世界であった。仏教では、無間地獄が最も恐ろしい地獄とされ、罪人は永遠に狭い牢獄に閉じ込められると信じられていた。これらの宗教的な概念は、閉所に対する恐怖が人類共通の理であることを示している。

壁の中に生き埋めにされた伝説

世界各地の伝説には、「壁の中に生き埋めにされた者」の話が残されている。エドガー・アラン・ポーの『アモンティリャードの酒』では、復讐のために男が生きたまま壁に塗り込められる。日の『人柱』の伝承では、や城の基礎を安定させるために生きた人間が埋められたという話が伝わる。ルーマニアのマナステレア・アルジェシュ修道院では、妻が生きたまま壁に閉じ込められたという伝説がある。これらの話は、狭い空間に囚われることへの根源的な恐怖を映し出している。

洞窟神話と閉所の試練

古代話では、洞窟は試練の場として描かれることが多い。日話では、天照大が天の岩戸に隠れ、世界が闇に包まれた。これは々が協力して閉ざされた空間を開く物語であり、閉所からの解放が新たなをもたらすことを示している。ギリシャ話では、オルフェウスが冥界の洞窟に入り、する妻エウリュディケーを連れ戻そうとする。これらの物語は、閉所が単なる恐怖の象徴ではなく、変革や成長の場としても機能していることを示している。

修行と閉所の関係

宗教の世界では、閉所が試練の場とされることが多い。仏教僧侶は洞窟や狭い庵にこもり、長期間の瞑想を行う。日の「即身仏」の修行では、僧侶が自ら墓に入り、に至るまで座を続けた。キリスト教でも、修道士が閉ざされた修道院で孤独な修行を行うことがあった。イスラム教スーフィズムでは、狭い部屋での瞑想を通じてとの一体化を目指した。閉所は単なる恐怖の源ではなく、精神的な悟りを得るための重要な空間ともなり得るのである。

第4章 中世ヨーロッパと閉所恐怖

闇に消えた囚人たち—地下牢の恐怖

中世ヨーロッパの城には、の届かない地下牢が存在した。これらの牢は湿気に満ち、空気はほとんど流れず、囚人は完全な暗闇の中で何年も過ごした。ロンドン塔やバスティーユ牢獄では、政治犯や裏切り者がこの密閉された空間に幽閉された。イタリアのヴェネツィアには「鉛の牢獄」と呼ばれる監獄があり、極端な暑さと寒さで囚人を苦しめた。密閉された空間は、肉体的な拘束だけでなく、精神的な拷問でもあった。囚人たちは次第に錯乱し、自分が存在しているのかさえ分からなくなっていった。

鉄の処刑器具と心理的拷問

中世拷問器具の中には、閉所恐怖を直接的に利用したものがある。「の処女」は内部に針が仕込まれた棺のような拷問具で、囚人を閉じ込めたままゆっくりと痛みを与えた。もう一つの例が「オリの刑」である。罪人は狭い製の檻に閉じ込められ、群衆の目に晒されながら餓するまで放置された。これらの拷問は、狭い空間に閉じ込められること自体が恐怖と苦痛をもたらすことを示している。閉所は単なる物理的な制約ではなく、精神的な崩壊を引き起こす場でもあった。

魔女裁判と地下室の恐怖

中世ヨーロッパ魔女裁判では、容疑者を狭い地下室や石の穴に閉じ込め、自白を強要する手法が使われた。特に有名なのが、ドイツのバンベルクやフランスのルーアンで行われた魔女裁判である。魔女と疑われた女性たちは、暗闇の中で何日も放置され、理的な圧力に耐えきれず虚偽の自白をすることが多かった。さらに、彼女たちは「試し」の刑にかけられ、狭い檻に入れられてに沈められた。閉所恐怖は、異端者を弾圧する手段としても利用されたのである。

修道院の孤独と自ら選んだ閉所

しかし、中世には閉所を拷問ではなく、精神的な鍛錬として利用する者もいた。修道士たちは極端な禁欲生活を送り、狭い独房にこもって祈りを捧げた。特にカルトジオ会の修道士は、わずか平方メートルの部屋で生活し、外界と接触することなくへの信仰を深めた。さらに、隠者たちは洞窟や塔に閉じこもり、物理的な孤独を選んだ。このように、中世の人々にとって閉所は、拷問の場であると同時に、に近づくための聖なる空間でもあった。

第5章 戦争と閉所恐怖症

塹壕戦の恐怖と極限状態

第一次世界大戦では、兵士たちは狭い塹壕に押し込められ、泥と血にまみれながら長期間を過ごした。フランスドイツの西部戦線では、メートル先の敵とにらみ合いながら、砲撃が鳴り止むのを待つしかなかった。塹壕の中は暗く、湿気に満ち、シラミやネズミがはびこる過酷な環境だった。兵士たちは常にと隣り合わせであり、狭い空間に閉じ込められることで極度のストレスと閉所恐怖に襲われた。多くの兵士が「塹壕熱」や「シェルショック」と呼ばれる精神疾患を発症し、戦争が終わってもに深い傷を負い続けた。

地下牢と捕虜収容所の現実

戦争では、敵兵を捕らえるための地下牢や収容所が多く存在した。ナチス・ドイツが運営したザクセンハウゼンやダッハウなどの強制収容所では、囚人たちは極端に狭い独房に押し込められた。暗闇の中、わずかな空気とだけで耐え抜くことは、肉体だけでなく精神の限界を試すものだった。また、第二次世界大戦中、日軍が運営したチャンギ刑務所では、捕虜が狭い独房に閉じ込められ、精神的な拷問を受けることもあった。密閉された空間は、戦争において単なる拘束ではなく、理的な破壊の道具として利用されたのである。

潜水艦と爆撃機—閉じられた戦場

戦場には、逃げ場のない閉鎖空間存在する。第二次世界大戦潜水艦は、わずかな乗組員が密閉された内で週間を過ごす極限状態だった。深海を進むUボートの中では、酸素の減少、敵の爆雷攻撃の恐怖、閉所のストレスが乗組員の精神を削った。一方、爆撃機のパイロットも狭い機体の中で長時間戦わなければならなかった。B-17の機手は、わずか平方メートルのガラス張りの座に閉じ込められ、敵機の攻撃を耐え抜かなければならなかった。戦争の閉鎖空間は、兵士の理を過酷な状況へと追い込んだ。

戦争後も続く閉所恐怖の影響

戦争は終わっても、閉所恐怖の記憶は消えない。退役軍人の中には、エレベーターや地下室に入ることができない者も多い。ベトナム戦争では、兵士たちは狭いトンネル内でゲリラ戦を強いられ、その後PTSD心的外傷後ストレス障害)を発症する例が後を絶たなかった。心理学者たちは、戦場での閉所体験が長期的なトラウマにつながることを研究し、現代の治療法へとつなげている。閉所は単なる空間ではなく、人間のに深い影響を及ぼす戦争の遺物なのである。

第6章 19世紀の精神医学と閉所恐怖

精神医学の黎明と恐怖症の概念

19世紀精神医学が発展する中で「恐怖症」という概念が確立された。フランス精神科医ジャン=エティエンヌ・エスキロールは、異常な恐怖を精神疾患として分類し、閉所恐怖もその一つとされた。当時、精神病は「狂気」として片付けられることが多かったが、彼は患者の理を科学的に分析しようと試みた。また、ドイツ精神科医エミール・クレペリンは、恐怖症が脳の異常から生じる可能性を指摘した。こうして、閉所恐怖症は「迷信」ではなく、医学的に解すべき現として認識されるようになった。

フロイトと無意識の恐怖

精神分析の父、ジークムント・フロイトは閉所恐怖を幼少期の体験と関連づけた。彼によれば、子供のころに狭い空間で強い恐怖を感じると、その記憶無意識に沈み、大人になっても閉所に対する過剰な恐怖として現れるという。彼の患者の中には、幼少期に押し入れに閉じ込められた経験がある者が多く、フロイトはこれを「抑圧された記憶象徴」とみなした。また、フロイトの理論に基づき、精神分析療法が恐怖症の治療に活用されるようになった。閉所恐怖は単なる感情ではなく、人間の深層理に関わる問題として注目されたのである。

ヴィクトリア朝の療養所と治療の変遷

19世紀ヨーロッパでは、精神疾患を持つ者は療養所(アサイラム)に収容された。イギリスのベスレム王立病院(通称ベドラム)は、かつて狂人を鎖で繋ぎ、見世物にする施設であったが、19世紀になると治療的な側面が重視されるようになった。しかし、閉所恐怖症の患者はしばしば狭い部屋に閉じ込められ、「治療」と称してさらなる恐怖を与えられた。一方で、ピネルやトゥークのような改革者たちは、患者の自由を尊重し、人道的な治療法を提唱した。閉所恐怖への対応も、罰から治療へと変化していったのである。

科学と恐怖—新たな治療法の誕生

19世紀末には、恐怖症に対する新たな治療法が登場した。ドイツのヴィルヘルム・ヴントは、恐怖の理的メカニズムを研究し、実験心理学の基礎を築いた。また、アメリカの心理学ウィリアム・ジェームズは、恐怖が生理的な反応と結びついていることを示し、行動療法の先駆けとなる理論を提唱した。こうした研究が、20世紀の認知行動療法へとつながる道を開いた。閉所恐怖症は、もはや「狂気」ではなく、科学的に理解し、克服するべきものと見なされるようになったのである。

第7章 20世紀の都市化と閉所恐怖

摩天楼のエレベーター革命

19世紀末から20世紀にかけて、高層建築の発展とともにエレベーターが普及した。かつての建物は5階建て程度が限界だったが、エレベーターの発により、摩天楼が次々と誕生した。しかし、この技術革新は新たな恐怖をもたらした。狭い箱に閉じ込められ、十秒間密室にいることは、一部の人々にとって耐えがたい不安を引き起こした。特に、エレベーターの故障や停電による閉じ込め事故が起こると、閉所恐怖症の患者にとってはそのものだった。都市の成長は利便性を生み出したが、人々の理にも大きな影響を与えたのである。

地下鉄と圧迫される群衆

20世紀初頭、ロンドンニューヨークをはじめとする都市では、地下が都市交通の要となった。しかし、閉ざされたトンネルの中を移動することに不安を感じる人々も少なくなかった。特に、ラッシュアワーの混雑した車内では、乗客はぎゅうぎゅう詰めになり、逃げ場を失った感覚に襲われる。さらに、事故や火災によって車両がトンネル内で停止すると、恐怖は極限に達した。地下の発展は都市の躍進を象徴したが、一方で閉所恐怖を抱える人々にとっては、都市生活のストレス要因の一つとなったのである。

シェルターと冷戦の恐怖

第二次世界大戦から冷戦期にかけて、多くので核シェルターが建設された。冷戦時代のアメリカでは、市民が地下シェルターを作り、核攻撃の恐怖に備えた。しかし、これらのシェルターは狭く、長期間の滞在には適していなかった。密閉された空間で何日も過ごすことは、理的な圧迫を生み出し、閉所恐怖症を引き起こす要因となった。1962年のキューバ危機では、一部の家庭がシェルターに避難し、密閉空間での極限状態を経験した。シェルターは生存のための施設だったが、人間の精神を試す場所でもあったのである。

宇宙開発と閉鎖環境の試練

20世紀後半、人類は宇宙へと進出した。しかし、宇宙の内部は極端に狭く、長期間の閉鎖環境での生活が求められた。1969年、アポロ11号の乗組員は面へ向かう日間、わずか平方メートルの空間で過ごさなければならなかった。後の宇宙ステーションでは、宇宙飛行士が何カも閉ざされた環境で生活し、理的な影響が研究された。NASAは、閉鎖空間におけるストレス管理を研究し、現代の閉所恐怖治療にも役立てている。宇宙開発は、人類に新たな挑戦をもたらすと同時に、閉所の問題を科学的に解する契機となったのである。

第8章 映画・文学における閉所恐怖の表現

ホラー映画の名作と閉所の恐怖

映画は閉所恐怖を視覚的に表現する強力な手段である。アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』では、主人公が狭い浴室で襲われる場面が象徴的である。また、『エイリアン』シリーズでは、乗組員が密閉された宇宙内で逃げ場を失い、未知の恐怖に襲われる。狭い空間に閉じ込められ、出口が見えない状況は、観客に強い緊張感を与える。現代のホラー映画でも、『REC』『SAW』『キャビン・イン・ザ・ウッズ』などが閉所恐怖を巧みに利用し、観る者の理に強烈な影響を与えている。

文学に描かれた閉ざされた恐怖

文学でも、閉所恐怖は読者のを揺さぶるテーマとして描かれてきた。エドガー・アラン・ポーの『黒』では、生き埋めにされる恐怖が克に描かれる。フランツ・カフカの『変身』では、狭い部屋に閉じ込められた男の理的圧迫が描かれる。さらに、ジョージ・オーウェルの『1984年』では、密室での拷問が人間の精神を崩壊させる過程を詳細に描いている。文学の世界では、閉ざされた空間が人間の理に与える影響を深く掘り下げることで、閉所恐怖の質を鋭く表現している。

ゲームと仮想現実における閉所恐怖

近年、ビデオゲームも閉所恐怖をテーマにした作品を多く生み出している。『バイオハザード』シリーズでは、狭い廊下や地下施設での戦いが恐怖を増幅させる。また、『アウトラスト』では、暗闇の病院を探索するプレイヤーが密閉された空間の恐怖を体験する。VR(仮想現実技術進化により、プレイヤーはより没入感のある閉所恐怖体験をすることが可能になった。『Half-Life: Alyx』のようなゲームでは、狭い通路や換気ダクトを進む感覚がリアルに再現され、理的な圧迫感を生む。

日本の伝統文化と閉所恐怖

の怪談にも閉所恐怖を題材にした話が多く存在する。江戸時代の怪談『四谷怪談』では、井戸の中に幽霊が閉じ込められるという要素がある。また、『番皿屋敷』では、狭い屋敷の中で亡霊が何度も現れる場面が恐怖を煽る。さらに、現代のホラー作品『リング』では、井戸に閉じ込められた貞子が恐怖の象徴となる。日のホラーは、閉所に対する能的な恐怖を利用し、見えない恐怖をじわじわと増幅させる独特の演出を得意としている。

第9章 現代医学と閉所恐怖症の治療

恐怖症のメカニズムを解き明かす

閉所恐怖症は単なる理的な問題ではなく、脳の働きと深く関係している。神経科学の研究によると、恐怖を司る脳の扁桃体が過剰に反応することで、閉ざされた空間に対する強い不安が生じる。MRIやfMRIを用いた実験では、閉所恐怖症の患者は狭い空間に入ると扁桃体の活動が活発化し、自律神経の乱れが起こることが分かっている。これは、人類が進化の過程で獲得した「危険回避」の能が関与していると考えられている。現代医学は、この恐怖の正体を科学的に解しつつある。

認知行動療法と脱感作訓練

閉所恐怖症の治療において、最も効果的な方法の一つが認知行動療法(CBT)である。CBTでは、患者が恐怖を感じる状況に少しずつ慣れることで、過剰な不安を克服できるようにする。例えば、エレベーターが怖い場合、最初はエレベーターの前に立つだけ、次にドアが開いた状態で中に入る、最終的には短時間乗る、という段階を踏む「段階的暴露法」が用いられる。また、VR技術を活用し、仮想空間で狭い空間に慣れる訓練も行われるようになり、治療の選択肢が広がっている。

薬物療法と神経科学の進展

症状が重度の場合、薬物療法が補助的に用いられることがある。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、脳内のセロトニン量を調整し、不安を軽減する効果がある。また、即効性のあるベンゾジアゼピン系の抗不安薬も一時的に使用されることがある。しかし、薬物療法は根的な治療にはならず、認知行動療法と組み合わせることが推奨される。さらに、近年では脳の神経回路に直接作用するTMS(経頭蓋磁気刺激)療法の研究も進められており、将来的にはより効果的な治療法が確立される可能性がある。

医療現場と閉所恐怖症への対応

医療の現場でも、閉所恐怖症に配慮した工夫が行われている。例えば、MRI検査では、患者が長時間狭い筒状の機械に入る必要があるが、閉所恐怖症の患者にはオープン型MRIが提供されることがある。また、手術室や集中治療室の設計にも、圧迫感を軽減するための工夫が取り入れられるようになった。さらに、理カウンセリングを併用することで、患者が安して治療を受けられる環境が整えられつつある。現代医学は、閉所恐怖症と共存するための新たな道を切り開いているのである。

第10章 未来の閉所恐怖症対策

AIと脳科学がもたらす新たな治療

人工知能(AI)と脳科学の発展により、閉所恐怖症の治療法は劇的に進化しつつある。AIを活用したバイオフィードバックシステムでは、患者の脳波やをリアルタイムで分析し、恐怖を感じた瞬間にリラックス効果を促す映像を提示する技術が開発されている。また、神経科学の進展により、脳の扁桃体の過剰な活動を抑える非侵襲的な刺激装置が研究されている。これにより、薬物に頼らずに恐怖をコントロールできる未来が現実になろうとしている。

VRとメタバースが変える恐怖治療

仮想現実(VR)やメタバース技術が、閉所恐怖症の治療に革新をもたらしている。VRを活用すれば、患者は現実ではなく仮想空間でエレベーターや地下に乗る体験を積み重ねることができる。恐怖のレベルを徐々に調整することで、ストレスのない克服方法が可能となる。さらに、メタバース上では、セラピストと患者が遠隔で治療セッションを行い、安できる環境で段階的に恐怖に対峙することができる。デジタル技術が、理治療のあり方を根から変えようとしている。

建築デザインが恐怖を和らげる

未来の都市設計や建築デザインも、閉所恐怖症の人々に配慮したものへと変わりつつある。病院やオフィスビルでは、開放感のある空間を確保し、自然を取り入れるデザインが重視されるようになっている。また、エレベーターや地下の車両に、パノラマスクリーンや透素材を活用し、圧迫感を軽減する工夫が施されている。さらに、AIによる人流解析を用い、過密状態を回避する都市設計も進められている。建築進化が、人間の理に寄り添う時代が到来しているのである。

宇宙開発と閉鎖環境への適応

人類が宇宙へ進出する未来において、閉所恐怖症の克服は避けて通れない課題である。火星移住計画や長期宇宙ミッションでは、狭い宇宙内で何カも生活する必要がある。NASAやESAでは、宇宙飛行士の精神状態を安定させるために、バーチャルウィンドウや没入型エンターテイメントを活用する研究を進めている。また、将来的には、閉鎖環境でも理的快適さを確保するための「自己適応型空間」が開発される可能性がある。閉所恐怖との戦いは、宇宙時代に向けた重要なテーマとなるだろう。