第1章: 犯罪学の誕生
啓蒙主義の光と影
18世紀ヨーロッパ、啓蒙主義の波が知識と理性の新たな時代を切り開いた。人々は自然の法則を理解し、合理的に社会を改革する力があると信じていた。フランスの哲学者モンテスキューやジャン=ジャック・ルソーは、人間の本質と社会契約について議論を深めた。その一方で、刑罰はまだ残酷で不合理なものが多かった。公開処刑や拷問が一般的であり、犯罪と刑罰の間に合理的な関係は見出されていなかった。しかし、啓蒙主義の影響を受けた思想家たちは、この状況に異を唱えるようになる。彼らは、人間は理性的な存在であり、犯罪も理性を持って対処できるはずだと考えた。これが犯罪学の基礎となる考え方であった。
ベッカリアの革命的提案
啓蒙主義の思想が深まる中、イタリアの法学者チェーザレ・ベッカリアが登場する。1764年、彼の著作『犯罪と刑罰』は、刑罰の改革を強く訴える内容であり、犯罪学において重要な転換点となった。ベッカリアは、犯罪者を罰することは社会秩序を保つためであり、刑罰は抑止力として機能するべきであると主張した。また、彼は残酷な刑罰を非難し、刑罰は犯罪の重さに比例しなければならないという「比例性の原則」を提唱した。この革命的な考え方は瞬く間にヨーロッパ全土に広まり、刑罰制度の改革を促進した。ベッカリアの理論は、後に犯罪学が体系化される上での土台を築いた。
理性と自由意志の対話
ベッカリアの思想は、犯罪者が自由意志に基づいて行動する存在であるという古典派犯罪学の基礎を形成した。彼の理論は、個人が犯罪を犯す理由を理解するために、合理的な選択の視点を強調した。これは、すべての人間が理性的であり、自らの行動の結果を予測できるという考えに基づく。ベッカリアは、法律と刑罰が明確で、公正であれば、人々は犯罪を避けるようになると信じた。この理論は、刑罰が犯罪を抑止するためのツールとして機能するという点で、後の犯罪学に大きな影響を与えた。
法の秩序と社会の未来
ベッカリアの影響はヨーロッパにとどまらず、アメリカ合衆国やイギリスなどの新興国家でも広がった。アメリカの建国者たちは、ベッカリアの思想を取り入れ、憲法や法制度に反映させた。特に、ジェームズ・マディソンやアレクサンダー・ハミルトンといった指導者たちは、法の秩序と市民の権利を守るために、ベッカリアの考え方を採用した。彼らは、犯罪を減らすためには厳罰ではなく、公正な法制度が重要であると認識していた。これにより、犯罪学の理論は実際の法制度に適用され、現代の法体系の基礎となった。
第2章: 古典派犯罪学の時代
ベッカリアと合理的選択の始まり
18世紀半ば、ヨーロッパでは啓蒙主義の影響が強まり、法や社会について新しい考え方が広がり始めた。イタリアの法学者チェーザレ・ベッカリアは、その中心的な人物である。1764年に出版された彼の著書『犯罪と刑罰』は、当時の社会を揺るがす革命的な提案を行った。ベッカリアは、犯罪者は理性的な存在であり、行動の結果を予測できると考えた。このため、厳罰や残酷な処罰ではなく、犯罪を防ぐためには、法律が明確で、公正であることが重要であると主張した。この思想は「合理的選択理論」として知られ、後の犯罪学に深い影響を与えた。
ベンサムの功利主義と刑罰の合理性
ベッカリアの考えを発展させたのが、イギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムである。ベンサムは「功利主義」という理論を提唱し、すべての行動は「最大多数の最大幸福」を目指すべきであると説いた。犯罪と刑罰においても、ベンサムは刑罰が社会に与える利益を最大化するためのものであるべきだと主張した。彼は刑罰が犯罪抑止の手段として機能するためには、適切な程度に厳しいものでなければならないが、必要以上に残酷であってはならないと考えた。この功利主義的視点は、刑罰制度を合理的に設計する上での基礎となった。
自由意志と責任の概念
古典派犯罪学のもう一つの重要な要素は、犯罪者が自由意志を持つ存在として扱われることである。ベッカリアとベンサムは、人間は自らの行動を選択できる自由な意思を持っており、その選択に対して責任を負うべきだと考えた。この理論は、犯罪を社会的な問題としてだけでなく、個人の選択の結果として捉える視点を提供した。犯罪が発生する理由を理解するためには、個人の意識的な選択を分析することが重要であるとされた。この考え方は、後の犯罪学において、個人の動機や意思決定の研究につながった。
古典派の遺産と現代への影響
ベッカリアとベンサムの理論は、当時の刑罰制度に大きな影響を与えただけでなく、現代の法制度にもその痕跡を残している。彼らの思想は、刑罰の目的を社会秩序の維持と犯罪抑止に置くという基本的な枠組みを提供した。現代の法制度においても、刑罰の厳しさや公正さを議論する際に、古典派の考え方が参照されることが多い。また、自由意志と責任の概念は、犯罪者の処遇や再犯防止策の設計にも影響を与えている。古典派の犯罪学は、現代においてもその影響力を持ち続けているのである。
第3章: 実証主義犯罪学の出現
科学の眼で犯罪者を捉える
19世紀後半、科学の進歩が社会のあらゆる分野に影響を与え始めた。その波は、犯罪学にも到達した。イタリアの医師であり犯罪学者であったチェーザレ・ロンブローゾは、犯罪を単なる自由意志の結果として捉えるのではなく、科学的な手法を用いてその根本原因を探ろうとした。彼の最も有名な理論は「生来の犯罪者」説である。ロンブローゾは、多くの犯罪者に共通する身体的特徴があると考え、頭蓋骨の形や顔の特徴が犯罪傾向を示すと主張した。この考え方は「生物学的決定論」として知られ、犯罪者の行動が遺伝的に決まっているという新しい視点を提供した。
身体的特徴と犯罪の関連
ロンブローゾは、犯罪者の身体的特徴に特に注目した。彼は死刑囚の頭蓋骨を調べ、その形状やサイズに犯罪傾向との関連を見出そうとした。彼の研究によれば、犯罪者には「後戻り」現象、つまり人間進化の初期段階に戻ったような形質が現れるとされた。例えば、突出した顎や広い額、異常に長い腕などの特徴が犯罪者に多く見られると主張したのである。この理論は当時の科学界で大きな反響を呼び、多くの支持者を得たが、同時に批判も招いた。今日ではロンブローゾの理論は否定されているが、彼の研究は犯罪学における科学的アプローチの重要性を示す画期的なものであった。
社会的要因への関心の高まり
ロンブローゾの生物学的決定論は一時的に犯罪学の主流を占めたが、次第にその限界が明らかになる。同時代の社会学者や心理学者たちは、犯罪を個人の身体的特徴だけで説明することに疑問を抱いた。犯罪者が置かれた社会的環境や経済的条件が、犯罪行動に大きな影響を与えるのではないかという視点が広まり始めた。例えば、エミール・デュルケームは、社会の急激な変化や規範の崩壊が犯罪を引き起こす可能性があると主張した。こうして犯罪学は、単なる個人の特性だけでなく、社会的・文化的要因も考慮する方向へと発展していった。
科学的アプローチの遺産
ロンブローゾの生物学的決定論はその後否定されたものの、彼のアプローチが犯罪学にもたらした影響は非常に大きい。犯罪学者たちは、犯罪を科学的に分析しようとする姿勢を学び、より多角的な視点で犯罪現象を理解しようとした。現在の犯罪学では、犯罪者の行動は生物学的、心理学的、そして社会的要因が複雑に絡み合っているとされる。ロンブローゾが提唱したように、犯罪を単純な道徳的判断だけで片付けるのではなく、科学的なデータや証拠に基づいて考える姿勢は、現代の犯罪学においても不可欠であるとされている。
第4章: 犯罪と社会規範
社会が作る犯罪の顔
犯罪とは何か、その定義は社会ごとに異なる。ある行為が犯罪とされるのは、その社会の規範や価値観によって決まるのだ。フランスの社会学者エミール・デュルケームは、犯罪は社会の規範に反する行為であり、その存在自体が社会の健康を示すものだと考えた。デュルケームは、犯罪は社会が変化し、進化していく過程の一部であると主張した。社会が新たな価値観を受け入れるとき、従来の基準に従わない行動が「犯罪」とされる。こうした視点は、犯罪を固定的なものではなく、時代や場所によって変わる動的な概念として捉えることを可能にした。
アノミー理論と現代社会
デュルケームは、社会が急激に変化すると、既存の規範が崩れ、混乱状態に陥ることがあると指摘した。彼はこれを「アノミー」と呼び、この状況では人々が新たな行動基準を見つけられず、犯罪が増えると考えた。例えば、産業革命の時代、多くの人々が急速な社会の変化に適応できず、犯罪や逸脱行動が増加した。現代でも、経済的格差や文化の急速な変化が犯罪の増加に結びつくことがある。このように、社会が混乱状態にあるとき、犯罪がどのように発生するかを説明するアノミー理論は、現代の犯罪学においても重要な視点である。
ラベリング理論と犯罪者の烙印
犯罪者とは、社会がそのように「ラベル」を貼った人々であるという考え方がある。これを「ラベリング理論」と呼ぶ。アメリカの社会学者ハワード・ベッカーは、犯罪行為自体よりも、その行為がどのように社会から認識されるかが重要であると説いた。つまり、ある行為が犯罪として扱われるのは、社会がそれを犯罪と見なしたからである。これにより、犯罪者としてラベルを貼られた人々は、その烙印によって社会から排除され、さらに犯罪行動に走ることが多い。ラベリング理論は、犯罪者の再犯や社会復帰の難しさを理解するための重要な手がかりを提供する。
社会的階層と犯罪の関係
犯罪と社会的階層は密接な関係がある。特に、経済的な不平等が犯罪に与える影響は大きい。ロバート・マートンの社会的緊張理論は、目標を達成する手段が限られた人々が、犯罪行動に走る可能性が高いと説明する。例えば、貧困層は合法的な手段で社会的成功を収めることが困難なため、犯罪を通じて目標を達成しようとする場合がある。この理論は、社会的格差が犯罪を生み出す一因であることを示している。社会の中でどの階層に属しているかが、犯罪に関与するリスクを左右する可能性があるという視点は、現代の犯罪学においても重要である。
第5章: 法と犯罪の関係
法律は時代の鏡
法律は、社会が何を正しく、何を悪と見なすかを反映する鏡である。しかし、その定義は時代や文化によって変わり続ける。例えば、中世ヨーロッパでは魔女狩りが合法であり、異端者を火あぶりにすることが普通であったが、現代ではそのような行為は想像もできない。法律は、社会の価値観や規範の変化に応じて進化するため、常に固定されたものではない。これにより、ある行為が一時的に犯罪とされても、時代が進むにつれて合法になることがある。法律と犯罪の関係は、このようにして絶えず動的に変わり続けてきた。
犯罪化のプロセス
ある行為が犯罪とされるには、必ずしもその行為が本質的に悪である必要はない。犯罪化のプロセスは、法律がどのように作られ、社会の中で何が許されるかを決定する政治的過程である。例えば、禁酒法時代のアメリカでは、アルコールの製造や販売が犯罪とされたが、その背後には道徳的、政治的な動機があった。アルコールそのものが突然危険なものになったわけではなく、社会的な圧力によって犯罪とされたのだ。犯罪化のプロセスは、法律がいかにして社会の価値観や政治的な勢力によって形成されるかを理解する上で重要である。
規範の変遷と法の対応
社会は絶えず変化し、それに伴い法律も進化してきた。例えば、同性婚の合法化やマリファナの規制緩和など、現代社会ではかつて違法とされていた行為が、法律の見直しによって合法化されることが増えている。これは、法律が社会の現実に対応し、時には先導する役割を果たしている証拠である。法律の改正は、社会がその価値観や倫理観をどのように再定義しているかを示すものであり、犯罪の定義もその過程で見直されることがある。こうした法の進化は、社会が成熟し、共通の価値観を再考する契機となる。
法と社会のダイナミックな関係
法と社会の関係は常に相互作用的であり、固定されたものではない。社会が変わると、法もそれに応じて適応する必要がある。新しい技術の出現や文化的な潮流が、既存の法律を陳腐化させることがある。例えば、インターネットの普及により、サイバー犯罪やプライバシー侵害など、新しいタイプの犯罪が生まれた。これに対して法律は、急速に変化する社会に対応するために、迅速な改正や新しい法の制定を行わなければならない。法と犯罪の関係は、社会が抱える課題を映し出し、それを解決するための道具として機能するものである。
第6章: 刑罰の歴史的変遷
古代の刑罰: 力と恐怖の時代
古代社会では、刑罰は主に報復と威嚇を目的としていた。メソポタミア文明で制定された「ハンムラビ法典」には「目には目を、歯には歯を」という復讐法が含まれており、犯罪者には同等の苦痛が与えられた。また、古代ローマやギリシャでも、厳しい体罰や死刑が一般的であった。これらの社会では、刑罰は犯罪の抑止力として機能し、社会秩序を保つための手段であった。しかし、この時代の刑罰はしばしば極端で、犯罪者に対する人道的な配慮はほとんどなかった。刑罰の目的は主に恐怖によって犯罪を防ぐことであり、そのための方法として公開処刑や身体的苦痛が選ばれた。
中世の刑罰: 神の意志と拷問
中世ヨーロッパでは、宗教が刑罰に大きな影響を与えていた。神の意志に反する行為は罪とされ、異端者や魔女とみなされた者には拷問や火刑などの残酷な刑罰が科された。例えば、宗教裁判所は異端審問を通じて多くの人々を裁き、罪を告白させるために拷問が広く行われた。この時代の刑罰は、単なる報復ではなく、神への償いとしての意味を持っていた。そのため、犯罪者は社会的な危険分子と見なされるだけでなく、魂を救済するために罰せられる必要があると考えられていた。この宗教的な要素が刑罰に深く根付いていたため、刑罰は非常に厳しいものが多かった。
啓蒙主義と刑罰の改革
18世紀に入り、啓蒙主義の思想が広がると、刑罰の人道的改革が叫ばれるようになった。啓蒙思想家たちは、刑罰は犯罪抑止のために機能すべきであり、過度な残虐性は必要ないと主張した。チェーザレ・ベッカリアは、その著書『犯罪と刑罰』において、刑罰は犯罪の重さに比例しなければならず、拷問や死刑は避けるべきであると述べた。彼の影響を受けた多くの国々は、刑罰制度を見直し、より公正で人道的なアプローチを取り入れるようになった。刑罰の目的は、犯罪者を社会から排除することではなく、更生させて再び社会に貢献させることにシフトしていった。
現代の刑罰: 矯正と再社会化
現代において、刑罰は犯罪抑止と矯正の両方を目的としている。刑務所制度が確立され、犯罪者を収容し、教育や職業訓練を通じて再社会化を図る試みがなされている。例えば、スカンジナビア諸国では、人権を重視した刑務所があり、囚人が社会復帰を目指すための支援が行われている。一方で、死刑や長期の懲役刑は依然として存在し、犯罪者に対する罰のあり方は国によって異なる。刑罰は単に犯罪を罰するだけでなく、社会全体の安全を守るために設計されており、その進化は今後も続くと考えられる。
第7章: 犯罪学における心理学的アプローチ
犯罪者の心の迷宮
犯罪者は、なぜ他者に危害を加え、法を破るのか。これは犯罪学者にとって大きな謎である。19世紀後半、心理学が科学として発展する中で、犯罪行動の背後にある心理的な要因が注目されるようになった。精神分析の創始者であるジークムント・フロイトは、無意識の衝動や欲望が人間の行動に影響を与えると考えた。犯罪者もまた、表面的には理解できない心理的要因によって行動している可能性があるという見解が広がった。フロイトの理論は、犯罪行動が単なる選択ではなく、内面的な葛藤や過去のトラウマから生じることを示唆した。
精神病理と犯罪行動
犯罪者の中には、精神的な疾患を抱えている者も少なくない。統合失調症、反社会性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害などの精神疾患は、しばしば犯罪行動と関連付けられる。精神病理学者たちは、こうした疾患がどのようにして犯罪行動を引き起こすのかを研究してきた。例えば、反社会性パーソナリティ障害を持つ者は、他者の感情や権利に対する共感が欠如しており、その結果、暴力的な行動に出ることがある。このように、犯罪者の行動を理解するためには、心理学的視点から彼らの精神状態を分析することが重要である。
犯罪者プロファイリングの登場
20世紀後半になると、FBIを中心に犯罪者の心理的特徴を分析し、犯罪のパターンを特定する「犯罪者プロファイリング」が開発された。特にシリアルキラーのような複雑な犯罪者に対して、この手法は有効であった。プロファイラーたちは、犯罪現場の情報や犯行のパターンから、犯人の性格、行動、さらには外見や生活環境までを推測する。この手法により、犯人の逮捕に結びつくことも多くなり、現代の捜査において欠かせない技術となっている。心理学的アプローチは、犯罪者の内面を探る重要なツールとして進化を続けている。
矯正と心理療法の融合
現代の犯罪学において、犯罪者をただ罰するだけではなく、彼らを治療し、更生させることが重要視されるようになった。心理療法は、犯罪者が自らの行動を理解し、再犯を防ぐための有力な手段として用いられている。特に、認知行動療法(CBT)は、犯罪者が自らの思考パターンを修正し、より健全な行動を取るための手助けを行う。また、犯罪を引き起こす精神的な要因を取り除くことで、彼らが社会に戻り、再び犯罪に走ることなく生きていくことが可能になる。心理学と犯罪学の融合は、犯罪者の更生と社会の安全を同時に実現する道を切り開いている。
第8章: 犯罪予防と矯正の現代的アプローチ
犯罪予防の新たな視点
犯罪を減少させるためには、犯罪が起こる前に防ぐことが最も効果的である。現代の犯罪予防は、単なる警察のパトロール強化にとどまらず、社会全体の環境改善を目指している。例えば、治安が悪化しやすい地域の照明を増やすことや、コミュニティ活動を活性化させることで犯罪の発生率を低下させる取り組みがある。環境犯罪学の研究によれば、犯罪が発生しやすい場所には一定の特徴があり、これらの環境要因を調整することで犯罪予防が可能であることが示されている。こうしたアプローチは、犯罪を物理的、社会的に防ぐ新たな手法として注目されている。
矯正施設の変遷
矯正施設、つまり刑務所の役割も大きく変化している。かつての刑務所は犯罪者を社会から隔離し、懲罰を与える場所であったが、現代では更生を目的とした施設としての機能が求められている。特に、教育プログラムや職業訓練を通じて、犯罪者が社会に復帰するためのスキルを身につけることが重視されている。北欧諸国の刑務所は、リハビリテーションに重点を置いており、囚人の尊厳を尊重した環境作りが行われている。これにより、再犯率が低下し、犯罪者が再び社会に貢献できる道が開かれている。
再犯防止プログラムの進化
再犯を防ぐためには、犯罪者が社会に戻る際の支援が不可欠である。再犯防止プログラムは、犯罪者が釈放後も安定した生活を送れるよう、就業支援や心理的ケアを提供する。アメリカでは、釈放者がコミュニティ内での役割を再び持つことを支援する「リエントリー・プログラム」が注目されている。これらのプログラムは、犯罪者が孤立せず、社会と再びつながるための橋渡しとなる。心理療法や依存症治療も、犯罪行動を繰り返させないために重要な要素である。こうした支援が、犯罪者の更生に大きな影響を与えている。
矯正と社会復帰の未来
技術の進化に伴い、矯正と再社会化のアプローチも大きく変わりつつある。AIを活用したリスク評価システムや、バーチャルリアリティを用いたトレーニングプログラムなど、新たな技術が犯罪者の更生を支援している。これにより、個々の犯罪者に最適化された教育や治療が提供され、再犯防止がより効果的に行われている。さらに、地域社会との連携が強化され、犯罪者が釈放後に直面する課題を減らす取り組みも進んでいる。未来の矯正施設は、単なる刑罰の場ではなく、犯罪者が新たな人生を切り開くための出発点となるであろう。
第9章: グローバル化と新しい犯罪形態
国際犯罪の広がり
21世紀に入り、グローバル化が進むとともに、国境を越えた国際犯罪が急速に増加した。麻薬の密輸、人身売買、武器取引など、これらの犯罪は複数の国々にまたがり、国際的なネットワークを持つ犯罪組織によって運営されている。例えば、コロンビアの麻薬カルテルやロシアの犯罪組織は、国際市場に影響を及ぼし、取り締まりを難しくしている。国境を越えた犯罪に対抗するため、国際刑事警察機構(インターポール)や国際連合のような組織が協力し、各国の法執行機関と連携して取り締まりを強化している。しかし、これらの犯罪はますます巧妙化しており、取り締まりの難易度は依然として高い。
テロリズムとその変貌
テロリズムは、政治的・宗教的な目的を達成するために無差別に暴力を行使する行為である。9.11同時多発テロ以降、テロリズムは世界的な脅威となり、国家の安全保障に大きな影響を与えた。アルカイダやイスラム国(IS)などのテロ組織は、インターネットを駆使して新たなメンバーを勧誘し、グローバルなネットワークを形成した。これにより、テロの形態も変わり、単一の国家に依存しない「無国籍テロ」が増加した。現代のテロリストは、サイバー攻撃やドローンを使った攻撃など、従来のテロ行為とは異なる戦術を採用しており、国家間の協力がますます重要になっている。
サイバー犯罪の急増
インターネットの普及に伴い、サイバー犯罪が急増している。ハッキング、フィッシング詐欺、ランサムウェア攻撃など、サイバー犯罪は技術の進化とともに複雑化している。例えば、2017年の「WannaCry」ランサムウェア攻撃は、世界中の企業や政府機関に甚大な被害をもたらした。サイバー犯罪者は、地理的な制約を受けずに犯罪を実行できるため、国際的な取り締まりが困難である。このような状況に対抗するため、サイバーセキュリティ対策が急務とされており、企業や政府は高度な防御システムを構築する必要に迫られている。
組織犯罪の新たな潮流
組織犯罪もまた、グローバル化によってその性質を変えている。従来の組織犯罪は、特定の地域に限定されていたが、現代では国際的な取引が一般的になり、多国籍の犯罪ネットワークが形成されている。例えば、イタリアのマフィアや日本のヤクザは、国際的な金融市場やビジネスを通じて資金洗浄を行っている。これにより、組織犯罪はますます見えにくくなり、その影響力は拡大している。国際的な犯罪組織は、合法的な企業活動と犯罪行為を巧みに結びつけ、法の目を逃れながら巨額の利益を得ている。この新たな潮流に対抗するためには、より高度な国際的協力が必要である。
第10章: 犯罪学の未来
AIによる犯罪予測の可能性
未来の犯罪学は、AI(人工知能)によって大きく変革されつつある。すでに多くの国で、AIを活用した犯罪予測システムが導入され、警察は過去の犯罪データを分析して、犯罪が発生する可能性の高い場所や時間帯を予測している。例えば、アメリカの一部の都市では「プレディクティブ・ポリシング」と呼ばれる手法が使われており、AIが犯罪のホットスポットを特定し、警察のリソースを効果的に配置する手助けをしている。未来の犯罪予防は、もはや直感や経験だけに頼るものではなく、データに基づいた精密な分析が主導する世界となっていくだろう。
ビッグデータと犯罪の追跡
犯罪学のもう一つの進化は、ビッグデータの活用である。私たちが日常的に使っているスマートフォンやソーシャルメディア、GPSなどから生成される膨大なデータは、犯罪捜査においても重要な役割を果たしている。ビッグデータの解析により、犯罪者の行動パターンやネットワークが明らかになり、これまで見えなかった犯罪のつながりを発見することが可能になった。例えば、金融詐欺や人身売買のような組織的な犯罪は、ビッグデータの分析によってその全体像が解明されることが多い。未来の犯罪捜査は、データの力によってますます精緻化し、迅速化していくであろう。
仮想現実とリハビリテーション
技術の進化は、犯罪者のリハビリテーションにも大きな影響を与えている。特に注目されているのが、仮想現実(VR)技術を用いた更生プログラムである。VRを使えば、犯罪者は安全な環境で社会復帰のシミュレーションを行い、現実の社会で直面する困難な状況に対処する練習ができる。これにより、犯罪者が現実の社会に戻る際に感じる不安やストレスを軽減し、再犯のリスクを下げることが期待されている。未来の更生施設は、単なる拘束の場ではなく、テクノロジーを駆使したリハビリテーションの最先端拠点となる可能性が高い。
デジタル社会における新たな倫理問題
テクノロジーの進化が犯罪学に新たなツールを提供する一方で、倫理的な課題も浮上している。AIやビッグデータを活用することでプライバシーの侵害が問題視され、犯罪予測が特定の地域や個人を不当に標的にするリスクもある。犯罪者の更生においても、仮想現実などの新技術がどのような影響を与えるかはまだ未知数である。犯罪学がテクノロジーと倫理のバランスをどう取るかは、今後の大きな課題となるだろう。未来の犯罪学者たちは、単に科学的な発展を追求するだけでなく、社会正義と倫理を見据えた新しいアプローチを模索していく必要がある。